第7話 変わっていけると思ってた
「チッ、どうする?」
リクテンオーがラミアに食べられ、残るは三機。それも全員が中・遠距離タイプ。
「……っ! 各機散開してエネミーを攻撃! 上体が近づいてきたらすぐに距離を取ってください! それと尻尾による攻撃も考えられますから、周囲にも注意を!」
「は、はいっ!」
三人は一斉に散り、巨大ラミアへの攻撃を開始した。
しかし――。
「……やはり俺の機体では傷ひとつ与えられないか……!」
ロビンの狙撃では蚊が刺すほどのダメージにしかなっていない。
「わ、私の方も全然ダメです~!」
アルフレッドはサイズこそ最大だが、このラミアにとってはネズミも同然だった。
「これでやっとダメージが入るなんて……!」
そしてこの中で最大火力を持つジャンヌによる
三機とも決定打に欠けていた。
「ひゃあっ!?」
突然悲鳴が聞こえたかと思うと、アルフレッドが尻尾に巻きつかれてしまっていた。
「ハルさんっ!」
巨大ラミアは鬼の
「ヒッ……!」
鬼の少女の顔が恐怖に青ざめた直後、
ドゴッ! グシャアッ!
ラミアは何度もアルフレッドを地面に叩きつけた。まるで小さい子供が人形を無闇に振り回して遊ぶように。
「ああああああああっ!!」
「……っ! 放しなさいっ!」
ジャンヌ、そしてロビンが尻尾の付近を攻撃するが、まったく効いていない。
ついにはアルフレッドのキャタピラが破壊され、わずかに見える装甲もひび割れた。
「うぅっ……ダメ、これ以上攻撃したら、ダメです……!」
中にいるハルの声はいまにも泣き出しそうだった。
「このままでは……!」
「おい、あの女の言葉、妙じゃないか?」
いつの間にかジャンヌの近くにロビンが寄ってきていた。
「いまはそんなことを言っている場合では……」
「アイツは『攻撃したらダメ』と言った。普通なら『攻撃しないでくれ』と言うはずだ」
その一言でアメリはある言葉を思い出した。
(そういえば先日の乱戦でも、アインさんに狙われたとき……)
『来ちゃダメですううぅぅぅ!!』
(『来ないでください』ではなく『来てはいけない』……? これではまるで警告……)
考え込んでいるうちに、巨大ラミアは次の動作に移っていた。
鬼娘を空中で放すと、落下していく彼女に向けて思い切り尻尾を振り下ろす。そのまま地面に押し潰すつもりだ。
「止めてっ……! やめっ……止めろって言ってんだろうがああああああああっ!!」
「え……?」
突如アルフレッドが憤怒の形相に変貌し、上半身を覆っていた装甲をパージした。
さらにその装甲の内側も武器になっていたようで、マシンガンとキャノン砲を投げ捨て、チェーンソーとドリルを装備する。
「チェーンアァーム!!」
外見相応の荒々しい雰囲気を身にまとった鬼は、空中という不安定な体勢ながらも、チェーンソーでラミアの尻尾を両断した。
「「……!?」」
ハルの豹変ぶり、突然の反撃、ついでにアルフレッドの装甲の内側がSM嬢みたいなハイレグボンテージだったという様々な衝撃で、二人は唖然となってしまう。
「ドリルアァーム!!」
さらに着地したアルフレッドは目の前にあった蛇の胴体にドリルを突き立てる。
さすがに自らの身体を貫こうとする攻撃には耐えられなかったのか、巨大ラミアは風船から空気が抜けるような叫び声を上げ、メチャクチャに身体をくねらせて暴れ狂う。
そこでやっと二人も我に返った。
「私たちでハルさんを援護しましょう! それなら勝てるかもしれません!」
「だが、いまのアイツに下手に近づけば、俺たちも攻撃されるんじゃないか?」
ローグの言葉はかつての経験からくる予想だったが、それはアメリとて同じだ。
「
「自爆か?」
「違います」
そう前置いてから説明を始める。
「任せろ」
アメリの考えとは裏腹に、ローグはまるで消しゴムでも貸してくれと頼まれた時のようにあっさり承諾した。
「いいんですか?」
「お前の立案だろ。それに、俺にならできる」
ロビンはマフラーにしていた光学迷彩マント『シャーウッドの森』を外すと、それを広げて頭から被った。
すると幼いエルフの姿は見えなくなり、足跡だけが増えていく。
「頼みましたよ……!」
※
幻装少女は原則としてサイズによって性能が異なる。
小柄な幻装少女は攻撃力も防御力も低いが、機動性が高い。大柄な幻装少女は動きが遅い代わりにパワーと耐久に優れている。
アルフレッドの全長は、プレイヤーが自機として選べる幻装少女の中で最大の六十メートル。本来ならばリクテンオーと同等かそれ以上のパワーがあるのだ。
そんな巨体が見境なく暴れる姿は、まさに歩く災害。巨大なラミアの胴体に押し潰されようが体当たりされようが攻撃を続ける、破壊の化身。
ラミアもついに脅威と認識したらしく、アルフレッドに手を伸ばした。これまで一切使わなかった上半身による攻撃を仕掛けてきたのだ。
「このまま脳天ぶち割ってやらあああああああっ!!」
しかし鬼はこれを避けると、腕を伝って駆け上がり始めた。
ラミアはそれを払い落とそうとするが――。
「この距離なら、ダメージも通るだろう」
ズガンッ!
弾丸が右目を貫き、長い前髪の一本をロープ代わりにしたロビンの姿が現れた。
「お前にとって俺は羽虫程度の存在なんだろう。だから身体の上を通っても認識できなかった」
言いながらローグは左目もライフルで撃ち抜く。
ラミアはあまりの激痛にアルフレッドのことなど忘れて痛みに悶えた。
「仕上げだ」
ローグはスキルで自身の幻装少女と同等の大きさの爆弾を作り出し、ラミアの頭上に設置した。
その爆弾に照準を合わせるが、その直後、ラミアの手がロビンを叩き落とした。
たった八メートルしかない幻装少女には強烈すぎる一撃。ロビンは半壊した状態で落下していく。
「ぐっ……! だが、俺の役目は元々ここまでだ。お前が当ててみせろ」
爆弾を狙っていたのはロビンだけではなかった。地上にいたアメリも、すでに狙いを定めていた。
「いっけええええっ!」
ミサイルが落下する爆弾に向けて放たれる。その中の数発が当たり、ラミアの目の前で爆発した。
しかし爆風も熱もなく、代わりに雨のようになにかの液体が降り注ぐ。
視覚を奪われたラミアにはなにが起きているかわからなかったが、別の器官で異常を察知した。
「あの爆弾に入っていたのは某液体金属アンドロイドをも凍らせる液体窒素。蛇は目が見えなくても熱センサーであるピット器官で獲物を探知できます。ですがここにある全てが極低温状態になれば、私たちを見つけるのは不可能! もしそうでなくても……」
ラミアの動きは緩慢になっていた。変温動物である蛇には、この急激な気温の変化に適応できないのだ。
そしてアルフレッドは液体窒素の雨にも負けず、ラミアの上乳を踏み台にして目の前までジャンプした。
「くたばりやがれえええええええええええっ!!」
顔面目掛けてドリルを繰り出した瞬間、ラミアの口をガバリと開かれた。しかしまた呑み込もうとしたのではない。
喉の奥からヌメヌメのリクテンオーが這い出てきたのだ。
「ふっかーつ!」
やっと比喩表現ではないピンク色の景色から抜け出したアインの目に飛び込んできたのは、迫りくるドリル。
「……アイルビーバック」
リクテンオーは再びラミアの胃袋に戻っていった。
※
イースピックにおいて、魔法という存在はそこまで重要なものではなかった。少々魔法が扱えるぐらいでは、たいして自慢にもならない。
水系なり炎系なり、なにか一ジャンルの魔法を究めてやっとプロのスポーツ選手のような富を得られるのだが、それには先天的な才能とたゆまぬ努力が必要となる。
しかしこの例えをそのまま使うなら、ハルという少女は球技、格闘技、陸上競技、ウインタースポーツ、なんでもござれの天才魔法使いだった。
だが彼女は外界との関わりを絶っていた。それも世界や人に興味がないわけではなく、迷惑をかけたくないという一心からだった。
自分が暴走すれば、きっと誰にも止められない。町一つ壊滅させるまで止まらない。
だから彼女は、魔法で治療を行いながら町や村を転々とする生活を続けていた。
そんな時だった。魔王を倒すなどという大ボラを吹く少年とその仲間に出会ったのは。どこかで彼女の噂を聞きつけたらしく、仲間にならないかと言われた。
ハルはその誘いに乗った。だが世界を救いたいという理由からではない。
魔王が倒されれば、次に世界にとって邪魔になるのはきっと自分。だったらこの冒険の中で死んでしまおうという、暗い情念からだった。
(結局その目的は最後の最後で叶ったけど、あの冒険で私は変われた。こんな私のことを受け入れてくれる人たちに出会えた。あの人たちのために力を使いたいと思えた。あの人たちが私の世界を広げてくれた)
そしていま――。
(元の私のままだったら、この幻想の世界にだって来ることはなかった。この世界でも、ちょっとずつ変わっていけると……思ってた、のに……!)
「うっ……うぅ……」
倒れたラミアの傍で、鬼の目から涙がこぼれた。
MISSION CLEAR!
※
「俺の誘いを断ったのは、あれが理由か?」
カフェテリアに集まっている、四人の少年少女――否、三人と一機。
なぜか作業着を着たオレンジ色のロボット、それがハルのアバターだった。
「……嫌いなんです、こんな自分が。ずっとずっと……。その、ごめんなさい……!」
もうこのゲームにはログインしません、そう続けようとしたが、アインがその前に口を開いた。
「いや、むしろありがとうな。お前のおかげで勝てたんだし、なにより俺の仲間を助けてもらった」
「えっ……?」
「いや、前に色々あって、目の前で仲間がやられるっていうのは、ちょっとな……」
そう言うアインの表情はどこか悲しげに見えた。
が、すぐにニッと笑った。
「それに俺はその性格、個性的で面白いと思う。っていうか、そのぐらい面白いやつを仲間にしたい」
その言葉を聞いてハルの動きが止まった。その数秒後、電子の瞳からまた涙がこぼれる。
「本当、ですか……? そんな風に言ってもらえたの、初めてです……!」
(あの人も、心の中ではそう思ってくれてたのかな……?)
しばらく嗚咽したあと、ハルは照れくさそうに訊ねた。
「あの……あの時は断っちゃいましたけど、よかったら、みなさんの
「安心しろ。本当にやべぇと思ったら、俺が止めてやる。二人も良いよな?」
「もちろんです」
「俺は雇われ者だ。好きにしろ」
アインはそれを聞くと普段のバカみたいに明るい調子に戻った。
「しかし驚いた。まさかあの幻装少女の中身の方がよっぽどメカっぽいとはな」
「えへへ……。私、メカとかロボットが好きで、このゲームを始めたんです。スキルも『オーバーテクノロジー』で、戦闘には役に立たないんですけど……」
「『オーバーテクノロジー』!?」
スキル名を聞いた途端、アメリが身を乗り出した。
「それって、プレイヤーが手を加えた装備の能力値に倍率補正が作用するスキルですよね!?」
「つまりコイツはお前が言っていたメカニックということか」
「メカニックと言えるほど技術があるか自信はないですけど、アルフレッドの装備も全部私の手作りで……」
「あれ全部手作り!? それはすげぇな!」
ハルの手をアメリは強く握った。それもリアルでも見たことがないような興奮した顔で。
「本当に! 心から! 歓迎します!」
「い、痛いです! いえ、痛くないですけど……!」
こうして新たにバーサーカーメカニックのハルが仲間に加わった。
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