第6話 食べないでください

第6話 食べないでください


 生い茂る木々の中に、ぽっかりと開けた場所があった。


 そこに二機の幻装少女ファンタズム・ガールが背中合わせに立っている。黒い戦国鎧のリクテンオーと、白いビキニアーマーのジャンヌだ。


MISSION START!


 機械的な音声がどこからか聞こえてきた途端、彼らの周囲を無人の幻装少女――NPCが取り囲む。その数はおよそ十五。


「オラァ!」


 しかし出現した瞬間にリクテンオーが背負っていた大剣を投げつけて、その数は一機減った。


「いきなり武器を捨てないでください!」


 アメリは注意しながらも愛機で正面の敵に切り込んでいく。


「安心しろ! 現地調達する!」


 一方のアインは手近な幻装少女の脚を掴むとジャイアントスイングで振り回して、周りの幻装少女を攻撃し始めた。


 さらにはドロップキックやラリアットなど、ロボ要素どこ行ったと言いたくなるようなラフファイトを繰り広げる。


「アイン、後ろに二機、狙われているぞ」

「了解!」


 アインとアメリからかなり離れた位置にいたローグが音声通信を送ってきた。


 リクテンオーは背後から攻撃しようとしていた幻装少女たちに回し蹴りをお見舞いする。


 その直後、今度はジャンヌを死角から狙撃しようとしていた幻装少女が逆にヘッドショットで倒された。ローグが狙い撃ったのだ。


「あ、おい! なんで俺のときは撃たなかったんだよ!?」

「射線が悪かったんだ。文句を言うな」

「二人とも言い争っている暇は……危ないっ!」


 よそ見をしていたリクテンオーに槍が迫ってくる。


「うおおっ!?」


 咄嗟にリクテンオーは腕で槍を受け止めた。


 この幻装少女はスキルも合わさったパワーとスピードを殺すほどの防御力が特徴だが、一点に集中した攻撃を受ければ腕を破壊されるのも時間の問題だ。


 さらには他の幻装少女も追撃しようと襲い掛かってくる。


「アインさんっ!」


 アメリは双剣の一本をリクテンオーに向けて投げた。


「サンキュー!」


 アインはそれをノールックで受け取ると、勢いそのままに幻装少女たちをまとめて両断した。


「ラスト!」


 今度はリクテンオーがジャンヌへ剣を投げつける。


 しかしそれはジャンヌが鍔迫り合いをしていた幻装少女に直撃した。


「ふぅ、これで終わりか?」


 近くにいるのはリクテンオーとジャンヌ、そして胸や尻を晒して倒れている無人機のみ。しかし森の中にまだ敵が潜んでいる可能性もある。


 だが現れたのはロビンのみ。


「周囲を探ったが、他に敵影はない。これで全部だろう」


 その言葉を証明するように、また機械的な音声が響いた。


MISSION CLEAR!


                  ※


「二人とも、お疲れさまでした」


 ミッションを終え、三人はエントランスに集まっていた。


 ちなみにローグはいままで被っていたフードを外していたが、こちらもアメリ同様リアルの本人とほとんど同じだ。


「なぁ、さっきのミッションの報酬ってそこまでいいものじゃなかったよな?」

「あのミッションの攻略は報酬目的ではありません」


 アメリが説明を始めた。


「私たち三人の連携の強化、つまりはチームワークを強めるためです」

「お前の言うことはわかるが、連携なら充分取れていたんじゃないか?」

「うっ……」


 さきほどの無人機戦が三人で部隊ユニットを組んで行った最初のミッションだった。普通ならもっとチグハグになって苦戦するものだが、彼らにはそれはなかった。クラスメイトというだけではここまで上手くはいかない。その理由はもちろん彼らが前世で一緒に闘った仲間だからなのだが、いま目の前にいる相手がそうだということは知らない。


「た、たしかにそうですけど、とにかくこの部隊はまだまだ足りない部分がたくさんあります。例えば人員、特にエンジニアが」

「エンジニアというと、機体や武器の改造に秀でたプレイヤーのことか」

「そうです。私たちの装備は全て購入や素材交換、ガチャで入手したもの。これに手を加えることは出来ますが、普通は性能を劣化させてしまいます。エンジニアなら元の装備より性能を上げることも可能な上、より優れた技術を持つ方なら素材から自力で装備を作ることも出来ます」

「なるほどな。……それで、お前はなにをしているんだ?」


 アインは途中から一切会話に入らず、なにやら画面を操作していた。


「チームワークを強化するなら、今度は大型エネミーを倒すミッションとかどうかなって。いま別のミッションに申し込んだところだ」

「あ、話全然聞いてなかったんですね……」


                  ※


 アメリも元々次はそういった類のミッションに行くつもりだったようで、三人は湿地帯にやって来た。霧が立ち込めていて視界が悪く、遠くの方にはなにやら黒い壁のようなものが見える。


「あれ? アメリの幻装少女、いつものと違うな。っていうかそれ、水上スケート出来るだろ」


 ジャンヌの背中には翼状のスラスターではなく、戦艦にでも搭載されていそうなゴツイ主砲や副砲が何門も備えられ、肩にはミサイルポッドも装備されているという重武装ぶりだ。


「遠距離砲撃型です。大型エネミーなら、機動力より火力を優先させるべきと判断しました」

「それの射程はどれぐらいだ?」

「射程ですか? ただ届かせるだけなら三十キロほどは……」

「およそ十キロ先になにかいる」

「十キロ!? お前よく見えるな、こんな視界悪いのに」


 アインはジッと目を凝らしてみるが、やはりなにも見えない。


「流石に見えない距離の相手を狙って撃つのはちょっと……」

「……なら仕方ない。『一回目』を使うぞ」


 ローグの言う一回目がなんなのか、身をもって体験した二人はすぐに理解できた。


 リクテンオーとジャンヌがロビンに近寄ると、彼らを中心に四角いマットのようなものが出現し、次の瞬間、三機は暴走した新幹線のようなスピードで地面を滑り始めた。


「うおおおおおおおおっ!?」

「あ、あのっ! これってブレーキとかないんですか!?」

「そんなものはない。ジャンプすれば効果は消えるが、慣性で走り幅跳びのようになる」


 しかし超スピードのおかげで、徐々になにかいるのがわかってきた。霧ではっきりとは見えないが、かなり大きいのがシルエットから判断できる。


「よっしゃあっ!」


 アインは気合と共に地面を蹴った。そして大きく飛翔し、抜刀した大剣を落下の勢いと合わせて振り下ろす。


「!?」


 しかしそれが当たることはなかった。アインがギリギリで逸らしたのだ。なぜならそれが明らかにNPCではないからだ。


 キャタピラに正座した、巨大な鬼娘の幻装少女。見間違うはずがない。以前闘った幻装少女だ。


 それが横向きに倒れて、起き上がれずにジタバタもがいている。


「た、食べないでくださぁい!」

「食べねぇよ! むしろアンタが食べる側だろ!」


                  ※


 アインのすぐあとにアメリとローグも合流した。


 ちなみにAGFでは特殊な制限がある場合やミッションを受ける時に設定を変更しない限りは、他のプレイヤーも参加できるマルチプレイ仕様になっている。


「お二人はこの前の……。部隊、組んだんですね」

「まだまだ募集中だけどな。アンタ……ハル、だよな? あの時の対戦データで名前は見た」

「はい、そうですけど……貴方は?」


 鬼の幻装少女は自身よりずっと小さいエルフの少女に視線を移した。


「ローグ、傭兵だ」


 その名を聞いて少し驚いた顔をしたが、すぐにまた気弱そうな表情に戻る。


「あの、みなさんも素材集めでこのミッションを受けたんですか?」

「いえ、私たちは素材や報酬目当てではありません」


 アメリはさらに言葉を重ねた。


「ハルさん、もしよろしければ、一緒にこのミッションを攻略しませんか? またアインさんが勧誘しようとしたら私が止めますから」

「俺そんなに無理強いしてたっけ?」

「無理強いはしていませんでしたが強引すぎます」


 ハルは少し考え込むと、


「えっと、私なんかでよかったら、よろしくお願いします」


弱気ではあるがこれを承諾した。


「おう、よろしく! あー……ハルの幻装少女の名前はなんて言うんだ?」

「その……アルフレッド、です」

「もしかしてノーベル賞を創設した方の名前ですか?」

「なるほどな。下の名前だとリボンみたいなのを武器にして闘う機動戦士みたいになりそうだもんな」


 などと会話していると、ロビンがライフルでリクテンオーのわき腹をつついた。


「あぶなっ!」

「おい、エネミーに関することか判断はできないが、さっきまであった壁が消えたぞ」


 ローグの言う通り、いつの間にか黒い壁がどこにも見えなくなっていた。


 彼らの中に、緊迫した空気が流れる。


「みなさん、背中合わせで四方が見えるようにしてください」

「ああ。けどこういう時って……」


 次の瞬間、足元からなにかが飛び出し、四機の幻装少女が宙に浮いた。


「ほら下から来たぁ!」


 四機とも宙に投げ出されたが、なんとか態勢を整えて着地する。


「良かったぁ、今度は倒れなく、て……」


 現れたのはアルフレッドよりも巨大な、長い髪を振り乱した一糸まとわぬ色白の女――いや、それは上半身だけで、下半身は蛇になっている。


 ラミアと呼ばれる架空の生物だ。


 胴体部分はリクテンオーの二倍――四十メートルほどあり、全長については見当もつかない。


「……っ!」


 その不気味さと圧倒的な大きさに、ハルとアルフレッドは蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。


 アメリとローグも予想以上に巨大な敵を前にして困惑していた。


 だがリクテンオーだけは違う。かつての人生ですら見たことのないような怪物を前にしても笑っていた。


「これだけでかけりゃ、殴りがいがあるってもんだ!」

「アインさんっ!」


 アメリの制止も聞かず、アインはラミアの頭部に向けて蛇の胴体の上を走っていく。


「ローグ、ジャンプ頼む!」

「無駄にするなよ」


 先日幻装少女の集団から逃げるのに使ったジャンプするマットをリクテンオーの足元に設置した。


「今度は当てるぜぇ!」


 そして空高く飛びあがり、アルフレッドを攻撃しようとした時と同じように大剣を振りかぶったまま――ラミアの口の中へと消えていく。


「……食べられないでくださああああいっ!!」


 アメリの叫びが湿地帯に響いた。

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