第5話 助けてくれ

第5話 助けてくれ


 数十機の幻装少女ファンタズム・ガールに取り囲まれ絶体絶命のローグの前に、アインとアメリが割って入った。


「この対戦が乱入可能で助かったぜ」

「掲示板に書かれていた依頼を見て、その対戦の内容を確認したら、明らかに貴方を嵌めるための罠だったので。……あ、『はめる』と言っても、そういう意味ではなくて……!」

「なにしに来た?」


 アメリが勝手に墓穴を掘るのを気にせず訊ねた。


 しかしそれには答えずアインは周囲の幻装少女を見渡し、声を張り上げた。


「ちょっと待ってくれるか! 俺もおとといコイツに撃たれたクチでな!」

(……結局は、この男もただの逆恨みか)


 内心で毒づくローグの気など知らず、リクテンオーが倒れたままのロビンの前にしゃがみ込んだ。


「よぉ。ひでぇありさまだな」

「やるなら早くしろ」

「……そっか」


 リクテンオーは立ち上がり、背中の剣を抜いた。


 ムラマサリバーは、斬ることは出来なくても圧し潰すという使い方ならできる。そして一撃でロビンを撃破することが出来るだけの威力がある。


「オラァッ!!」


 しかしそうはならなかった。剣をブーメランのように投げ飛ばし、ロビンの後方にいた三機をまとめて撃破したのだ。


 さらにはロビンを脇に抱えた。


「じゃあ不意打ちで撃ったのをチャラにして、コイツら全員ぶっ倒すから、俺の部隊ユニットに入れよ!」


 突然の出来事に周りのプレイヤーたちも動きを止めていたが、ようやく思考が追いついた。


 敵が増えた。ただし、たったの二機。


「この数をどうやって倒す気だ?」

「気合いだ!」

「それでどうにかできるのはフィクションだけです! これもですけど」

「……はぁ」


 ローグが軽くため息をつくと、三機の足元に円いマットが現れた。と思った瞬間、三人の機体は逆バンジーでもしたかのようにはるか上空へ跳ね上がった。


「おおおおお!? なんじゃこりゃあああああ!?」


                  ※


「ここまで来れば、しばらくは追いつかれないだろう」


 三人はボロボロになったビル群の真ん中まで飛んできていた。


「ここならゲリラ戦ができるから、俺一人でやれる。お前たちは隠れていろ」

「おいおい、話が違うじゃねぇか」

「お前が勝手に言ったことだ。約束した覚えはない」

「たしかに、了承は得ていませんでしたね」


 アメリにまで否定されてしまい、アインは少し考え込む。


「……じゃあこうしよう。俺たちがお前を守るから、お前は俺たちのことを助けてくれ」

「……!」


 その一言にローグはかつてのある情景を思い出した。


「……わかった」

「よっし!」


 それなら、とアメリはロビンに視線を向けた。


「ローグさん、彼らを倒すためにも、貴方のスキルを教えてもらえますか?」

「『トラップマスター』。一定の範囲内であらゆるトラップを仕掛けられる」

「マジかよ。メチャクチャ強いじゃねぇか」


 しかしこれはすぐに否定された。


「そうでもない。設置しておいたトラップが作動しないと次のトラップが設置できない。それに一日五回の使用制限がある。残りは一回だ」

「一回……」


 それを聞いてアメリは早速策を練り始めた。


(地形を利用するなら、ビルを爆破するダイナマイトの類。でも崩れて直撃するまでに逃げられる可能性がある。落とし穴を仕掛けたとしても、後続は引っ掛からない……)


 有効な闘い方を思案していたところで、


「……あ」


バカアインが声を漏らした。


「良いこと思いついた」


 リクテンオーの表情は完全に悪役の笑みそのものだった。


                  ※


「一機見つけたぞ!」

「待て! なにか変だ」


 ローグに恨みを持つプレイヤーたちの駆る幻装少女がリクテンオーを見つけた。


 しかし背中を向け、片膝をついている。


「あ、あれは……!?」


 振り向いたリクテンオーはローグの幻装少女ロビンを抱えていた。それも気絶したようにピクリとも動かない。


「アンタらか。悪いけど俺が仕留めさせてもらった」


 中から聞こえる声は暗く、リクテンオーも顔を伏せている。


「さっきアイツと揉めてな。仲間をやられて、カッとなって倒しちまった」


 言いながら追いかけてきた幻装少女たちに歩み寄る。彼らは一瞬警戒したが、リクテンオーはそのままロビンを差し出した。


「助けるなんて言っといて、手にかけた俺にどうこうする資格はねぇ。せめてアンタらで弔ってやってくれねぇか?」


 彼らは互いに顔を見合わせるが、その中の一人がロビンを受け取った。


 見た目はほぼ完全に年端もいかない少女。こんな幼い子を寄ってたかって叩きのめそうとしていた自分に嫌気がさしたのだろうか。


 ロビンを手渡したリクテンオーは踵を返して歩いて行く。


 だがしばらくして彼らの中の一人がふと疑問を口にした。


「あれ? なんでコイツやられてるのに戦闘終了してないんだ?」

「っていうか幻装少女なんだから埋葬する必要なくね?」

「っていうかそれなんかチクタク聞こえ……」


チュドオオオオオオオオオオオン!!


 この一連の間、リクテンオーの顔はニヤけっぱなしだった。


                  ※


「まさか、これで本当に上手くいくなんて……」


 死屍累々となった全裸の幻装少女の山を見ながら、アメリは呆れていた。


 ローグのスキルで作ったロビンそっくりの爆弾を連中に渡して全滅させるという、アインの作戦は見事に的中。


 ちなみに残った二人はビルに隠れて様子を見ていた。


「とにかく、これで一件落着だな」

「いいや、まだだ。この対戦は俺が墜とされるかそれ以外を全員倒さない限り決着はつかない」


 言いながらロビンは二機から離れ始める。


「貴方以外というと、私たちも含むということですね」

「じゃあこのまま俺たちとやり合う気か?」

「いいや。本当はあと一回だけスキルが使える。念のために残しておいた。そしていま作動させた。この機体の中でな」


 その言葉の意味することを、アメリは瞬時に理解した。


「まさか……自爆するつもりですか!?」

「囲まれていたときに使うはずだったものを、いま使っただけだ」


 ロビンは近くにあった建物の上に飛び乗る。彼らを巻き込まないために。


「せっかく助けたのにそりゃねぇだろ! あと、俺の部隊に入るか答えろよ!」

「もう遅い。それと、それには明日答えてやる」


 そしてロビンの腹部から全体が光り出すと、大きな爆音と共に消滅した。


BATTLE FINISH!


                   ※


(あの男、アイツと同じことを言っていたな。まさか……いや、それは考え過ぎか)


 AGFでローグを名乗る『彼』は、また在りし日の記憶を思い出していた。


 自らの住む森の中に、無数の魔物の死体が積み重なっている。


 その中で立っているアイン、アメリ、そしてローグは肩で息をしていた。


「なぜ手を貸した? コイツらは仲間を殺された報復に、俺を狙っていただけだ」

「ごめんなさい、貴方のことを誤解していました。森に迷い込んだ子供を逃がしながら闘うなんて、普通ならあの大軍相手に実行しようとは思いません」

「死は覚悟していた。お前が森に用意してあった罠も俺もうまく使いこなしただけだ」

「だがこれで魔王の軍勢に俺たちもお前もマークされちまった。これからはもっと強い連中が攻めて来るだろうな」


 言っている内容とは裏腹に、アインの顔はニヤついていた。


 この男の言いたいことは想像がつく。


「お前たちには関係のないことだ」

「そうかよ……じゃあこうしよう。俺たちがお前を守るから、お前は俺たちのことを助けてくれ」

「な、なんですかその取引は!?」


 ムチャクチャな条件だった。しかし……。


「いいだろう。どうせ拾った命だ」


 ローグはこれを了承した。本当は二人への借りを返すためだったが、それを語ることは最期までなかった。


「ただし、仲間としてじゃない。お前たちの……」


                  ※


「うぅ……頭脳戦は私の活躍場所だと思っていたのに……」


 ローグを助けた翌日、信太郎と撫子は再び屋上にいた。


「まぁ気にするなよ」


 たいして力になれなかったことを悔やむ撫子を慰めながら、一つ聞いていなかったことを思い出した。


「そういえば、お前のスキルがなにか聞いてなかったよな?」

「あぁ、たしかにそうでしたね。私が使っているスキルは『士気高揚』。戦闘に参加している部隊の人数が多いほど味方全体の全ての能力が上昇するスキルです」

「なるほど。まだ二人だからそこまで効果はないってことか……って、それでけぇ部隊が全員そのスキル使ったら最強じゃねぇか?」

「その通りです。ですからこのスキルは重複不可。実質一部隊に一人までしか使うことが出来ません」

「それでも強力なことは変わらないから、人数の少ない部隊が他の部隊に挑むときは人数制限をする場合もあるらしい」


 不意に背後から声が聞こえてきた。見ると今日も一真が来ていた。


「なんだ。お前もAGFやってるのか?」

「ああ。昨日はお前たちにも会ったはずだ。廊下やここでの会話でプレイしていることは明らかだし、アバターも現実とほとんど変わらないだろう?」

「まさかお前……! 昨日ローグを襲ってた連中の一人か!? 悪いことしたな」

「そっちじゃない。俺がローグだ」

「マジか!?」

「こんな身近に不可視の狙撃手が……」

「勝手に出来た二つ名だ」


 一真はそこで二人を見据えた。


「答えを聞かせてやろう。お前たちの部隊に入ってやる」

「本当か!?」

「ただし、仲間としてじゃない。お前たちの……お前たちの専属傭兵として契約してやる」


 その言葉に二人はかつての出来事を思い出したが、それを口に出すことはなかった。


 こうして信太郎の部隊に二人目の仲間が『再結集』した。

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