第4話 断る

 再びカフェテリアにやって来たアインとアメリ。ただし今度はローグを名乗る男も一緒だ。


 フードで顔は見えないが、背格好や声から歳はそう変わらないことはわかる。


「俺の部隊ユニットに入らないか?」

「断る」


 交渉もなにもなくいきなり勧誘。そして拒否。当然といえば当然である。


「もっと他に聞くことがあるのでは……?」

「あ、そっか。そうだな……」


 アインは咳払いを一つして、真剣な面持ちで向かい合う男に訊ねた。


「なに頼む? 奢るぜ」

「貴方が本物のローグさん、『不可視の狙撃手インビジブル・スナイパー』であることを証明できますか?」


 遮るようなアメリの質問に対し、男はなにかのデータを出した。


「これまでの戦闘履歴だ」


 確認すると昨日の戦闘があった時間帯に、アインの募集した対戦に参加したことが記録されていた。


「疑ってしまい、申し訳ありませんでした」

「気にするな。逆の立場なら俺もそうした」

「じゃ入るか?」

「だから断る」

「なんで?」

「興味がない」


 そこでローグは席を立ち、一つのURLとメモを渡した。


「この掲示板に、ここに書いてある法則で書き込めば俺に依頼ができるようになっている」


 「じゃあな」と言い置き、そのままローグは文字通り消えた。ログアウトしたのだ。


「よし、早速書き込んでみるか!」

「逆効果だと思いますよ?」


                  ※


「そもそも信太郎さんは直線的すぎます」


 勧誘に失敗した翌日の昼休み。


 信太郎と撫子は屋上で作戦会議をしていた。


「ああいう場合は、部隊に入るメリットを提示しなければいけません」

「メリットねぇ……。物で釣れる相手かアレ? 撫子のことをフォローしたり、どうやって依頼すればいいかも教えてくれて、無愛想だけどいい奴だと思うから」

「そういう所はちゃんと見てるんですけどね……」


 そのとき屋上に出る扉の開く音がした。見ると二人がよく知っている顔だった。


「あ、一真さん。こちらでお食事ですか?」

「お前いつも昼いないと思ったら、こっちに来てたんだな」


 彼らのクラスメイト、瀧河たきがわ一真かずま。寡黙な美少年で女子からの人気が高いが、常に周囲から距離を置いていた。


「お前たちが付き合っているという噂、本当だったんだな」

「あー、やっぱりそういう噂が流れてたんだな」

「ち、違います! そういう関係じゃありません、遊びの関係です! あ、いえ、そういう意味の遊びではなくて……」


 言った本人もたいして真相など興味がないのか、顔を真っ赤にした撫子のことなど気にせず、二人から少し離れた所で昼食を取り始めた。


「とにかく、彼が本物の『不可視の狙撃手』なら、こちらに引き入れるのはあまり良くありません。彼自身はともかく、彼の周囲で悪い噂を耳にします」

「悪い噂?」

「彼はソロで傭兵業を行っていますが、彼とは別に傭兵集団として活動している部隊もあります。そこにとって彼は商売敵というわけです。他にも、不意打ちで彼に撃破されたことを恨むプレイヤーも少なからずいるようです」

「なるほどねぇ……」


                  ※


 ローグの操る全長八メートルの小型幻装少女ファンタズム・ガールロビンが、彫像のように静かに佇んでいる。


 見た目は緑の髪の幼いエルフで、恰好はタンクトップにショートパンツ、そしてマフラーという装甲とは言えないようなもの。エルフ特有のとがった両耳と、その上のアンテナ以外は、ほとんど人間と変わらない外見をしている。


 ローグは愛機のコクピットの中にいた。静かに目を閉じているが、寝落ちしたわけではない。


 ローグという名が“本物”だった頃のある出来事を思い出していた――。


                  ※


 日の光を遮るほど木々が生い茂る森。そこに三人の少年少女がいた。


「お前がこの森に住む狩人のローグだな?」

「そうだ」

「俺はアイン。こっちはアメリ。魔王をぶっ倒すために旅をしてる。俺の仲間にならないか?」

「断る」

「なんで?」

「興味がない」


 背を向けたローグをアメリと紹介された少女が呼び止めた。服装から高い身分の人間だということはわかる。


「いまイースピックは魔王とその配下によって支配されつつあります! 世界を救うための力になろうとは思わないのですか!?」

「知ったことじゃない」


 立ち止まりはするが、振り向こうとはしない。


「俺は俺にとって邪魔になる存在を倒すだけだ。魔物も人も関係ない」


 それだけ言い残し、ローグは森の中へと消えていった。「これ以上関わるな」と、言外に含んで――。


                  ※


 突然コクピット内に響く通知音でローグは懐古から抜け出した。掲示板に新しい依頼が届いている。


(なにをしているんだろうな、俺は……)


 こんな仮想空間でかつての自分の真似事、いや、それ以下のことをしている。知りもしない誰かの頼みで誰かを撃つ。その繰り返し。


(いつかアイツらとまた会えるとでも思っているのか、俺は……? おとといのあれは、ただの偶然だ)


 自問自答しながらも、掲示板を確認した。


「コイツは前にも依頼してきたことがあるな。フィールドは荒野と廃棄都市の複合型。依頼内容は敵部隊の全滅。報酬は……どうでもいいか、そんなもの」


 全ての武装が万全であることを確認し、ローグは指定されたフィールドへと移動した。


 視界には草もほとんど生えていない渇いた大地が――広がってはいなかった。


 ロビンの周囲をおびただしい数の幻装少女が取り囲んでいた。その数は五十を超える。


「なんだこれは? 依頼者はどこだ?」


 おおよそ状況を察していたが、ひとまず確認してみる。


「そんなもんはいねぇんだよ、不可視の狙撃手さん」


 一機の幻装少女が前に出てきた。


「ここにいるのは、全員お前に恨みを持ってる連中だ。盛大に憂さ晴らしさせてもらうぜぇ?」

「やはりな。ちょうどいい。俺もそろそろ引退を考えていたところだ」

「なら……」


 続く言葉を発することは出来なかった。ロビンの持つ大口径狙撃銃に撃ち抜かれ、撃破されたのだ。


「だが、依頼は果たさせてもらう」


 これが開戦の合図となった。


「ヘッドショット決められた恨み晴らしてやるぜローグゥ!」

「目の前でガチャのレアアイテム引かれた恨み晴らしてやるぜローグゥ!」

「こっちで出来た彼女がお前に乗り換えた恨み晴らしてやるぜローグゥ!」

「あれネカマだったらしいぞモブゥ!」


 今度は四機の幻装少女が突撃してくる。


 ロビンはゲリラ戦と遠距離戦に長けた機体。ならば接近戦に持ち込めば勝てるという判断だ。


 しかし残り数メートルというところで、四機の足元から甲高い警告音が鳴り響き、直後に地面が爆発した。


 突っ込んできた幻装少女はその場で尻もちをついてしまう。


 そしてそれだけではない。片脚、あるいは両脚が半透明になっている。つまり現実なら脚を失うほどのダメージを受けたということだ。この戦闘が終わるまでは、歩くことも立つこともままならない。


「クソッ! 野郎のスキルだ! ハチの巣にしてやれ!」


 誰かの号令で一斉に小柄なエルフへと銃口が向けられる。しかし銃声が響いた瞬間、ロビンの周りを囲むように壁が出現し、銃弾を弾いた。


 さらには囲いの中から発砲音が聞こえたかと思うと、一機、また一機と幻装少女が倒されていく。


 壁には小さな穴が開いていて、そこからローグが射撃しているのだ。


 しかしローグの不利であることに変わりはない。そもそも多勢に無勢な上、最大の武器が意味をなしていない。


 光学迷彩マント『シャーウッドの森』。これこそが彼を不可視の狙撃手たらしめている理由だった。ロビンの首に巻かれたマフラー。実はマントを折りたたんだもので、身体全体を覆うとカメレオンのように周囲の景色と同化する。だが一度射撃すると解除され、しばらく使えなくなる。


 そして数十機に囲まれている現状ではまったく役に立たない。


「ぐあっ!」


 ついには壁を大砲で破壊され、その下敷きになってしまう。


(いまのでライフルがやられたか……。使えるのはショットガンとナイフ。それと……)


 残った半数近い敵をまとめて片付ける最後の手段に出ようとした瞬間――


「ちょっと待ったぁ!」


頭上から声が聞こえてきた。


 直後、二機の幻装少女がロビンの目の前に着地する。黒と白、対極のような色をした、リクテンオーとジャンヌだった。

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