第3話 惚れた
リクテンオー初陣の翌日、信太郎が通う
(結局、最後のあれはなんだったんだろうなー……)
朝のホームルームも上の空に、信太郎は昨日の闘いのことを考えていた。
あのあともう一度ログインしてみたが、当然のことながら自分を倒した相手も、他の三人が誰だったのかもわからずじまいだった。
(せめて誰か一人でも、もう一回会えたら……)
「それでは来月のクラス対抗球技大会の参加競技を決めますが……緋智(あけち)さん、お願いします」
「はい、事前に
担任の女教師、
(……うん?)
「先日より確認していたみなさんの希望競技を優先し、なおかつ所属する部活動や身体測定のデータを考慮して決定させていただきました。まず男子のソフトボールですが……」
(……うんん?)
クラス委員、緋智撫子。
成績は学年でトップクラス。運動神経もそこそこ高い。さらにはルックスもよく、グラビアアイドル顔負けのプロポーションで男子並みの高身長。おまけに父親はホテル会社の社長というお嬢様。そしてその人柄の良さでクラスの人望も厚いというまさに完璧超人。
しかし信太郎にとって、いまはそんなことはどうでもよかった。
(……うんんん?)
※
その日の昼休み。
撫子が教室を出たところで、信太郎は声を掛けた。
「おーい、委員長」
「信太郎さん、なにか御用ですか?」
腰まで伸ばしたポニーテールをふわりと揺らし、優しく微笑みかけてくる。
「委員長ってさ、もしかして『AGF』やってるか?」
「……? ええ、嗜んでいますが」
「じゃあ昨日、変なフリー対戦やらなかったか?」
彼女も最初こそ気品ある笑みを浮かべていたが、徐々にそれが引きつってきた。
「な、なんの話でしょう……?」
「実は俺もやってるんだけどさ、昨日は面白い
「わかりますか!? あれはヒット&アウェイを基本とする高機動型で、他にも……あ」
嬉々として説明を始めたり冷や汗を流したりと、普段の優雅さからは考えられないほど彼女の表情がコロコロ変わる。
対して信太郎はイタズラが成功した少年のようにニヤニヤしていた。
「やっぱりな」
「あの、どうしてわかったんですか?」
「作戦って書いて『プラン』って読ませるところとか、人の長所を上手く活かして指示を出すところとかが、もしかしたらと思ってな」
撫子は恥ずかしそうに俯いて「……のクセが……」と小さくなにか呟いたが、信太郎には聞き取れなかった。
「ハッ、では貴方が、幻装少女に痴女のような恰好をさせていた……」
「いやいやそっちじゃないって。黒い方だよ」
「そちらでしたか。ですがどうしてリアルで……? まさか、このことを脅迫材料にするために……!」
「弱ぇよ! 揺するネタが!」
二度に及ぶ誤解を訂正しつつ、本題に入る。
「まだ、アンタの答えを聞いてなかっただろ? 俺の
「あ……っ」
撫子は少し思案すると、探るような視線を向けてきた。
「あの、私たちのことを気に入った、と言っていましたよね? その理由を聞かせてください」
これを聞いて今度は信太郎が考え込んだ。
「う~ん……まずやっぱり指示の上手さだろ。それと心意気っていうのか、そこに惚れた」
「惚れっ……!?」
「サシで闘ってたとき、最初レールガン使わなかっただろ。アンタの知恵があれば、アレ使ってチクチク攻撃してれば楽に勝てるってわかってたはずだ。でもそれをしなかった。あと、恐竜の群れの中に残る一番危険な役目を迷わず自分でやった。他の誰でもよかったはずなのに。そこんところが気に入った」
そこで区切って信太郎は手を差し出した。
「撫子、俺に力を貸してくれねぇか?」
これに対して、なぜか少し懐かしそうな表情をするクラス委員長。
「その……それに答えるのは『あちら』でも構いませんか?」
『あちら』というのがAGFであることはすぐに察した。
「ああ。じゃあ六時に、エントランスのカフェで待ってる。アバターの見た目はほとんど変えてねぇし、プレイヤー名はもう知ってるだろ」
その日、彼らのクラスでは信太郎と撫子が付き合ってるだの、告白しただのという噂が、広まったとか広まらなかったとか。
※
(まさか、彼がアインさんだったなんて……)
一人用としては十分な、それでいて綺麗に整頓された自室で、少女は物思いに耽っていた。
現在午後五時三十分。約束の時間にはまだ余裕があるものの、彼女の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
(昨日はあの人の名前を見つけて思わず対戦に参加しましたけど……)
緋智撫子には、誰にも言っていない秘密があった。
彼女は彼女として生を得る前、前世の記憶が残っていた。イースピックと呼ばれる世界の姫君であり、世界を脅かす魔王を倒した勇者の仲間、アメリとしての記憶が。
(NPCも含めた乱戦になったとき、たしかに包囲される前に彼を倒すことも出来ていたかもしれない。だけどそうしたくないと思ってしまったのは、あの人に重ねてしまったから……?)
そこまで考えてかぶりを振った。いまさらずっと前のことを思い出したってどうしようもないことは彼女も理解している。それよりも、いまは彼女が彼の誘いにどう答えるか、自分がどうしたいのかを考えることにした。
(私がAGFを始めた理由は、肩書きや出自で特別視しない、対等に接してくれる友人が欲しかったから。そういった方は、かつての人生にいた四人だけ)
撫子は一度、最初にAGFを始めた目的から振り返ることにした。
(信太郎さん……。最初は大柄でがっしりしていて服装も乱れていたから、悪い人かと思っていましたけど、とても気さくで周囲を明るくしてくれる、ムードメーカーのような人。それに……)
そして結論に至ると、彼女はバイザーを装着した。
※
AGFのエントランスにあるカフェテリア。アインはそこでバニラシェイクを飲みながら待っていた。ゲームの中だが慣れれば味覚もそれっぽく感じるようになる。
「あの、アインさん、ですか?」
「ん? ああ、待ってた、ぜ……」
昨日の白い幻装少女から聞こえたのと同じ声。そちらに視線を向けると、アインは硬直した。
それが撫子だというのはすぐにわかった。彼も現実とアバターの変化は少ないが、彼女の場合はリアルとまったく変わっていない。おそらく顔だけでなく体格も。
服装はさすがに学校の制服というわけではないが、身体のラインがはっきり見える白いパイロットスーツを着用している。
「委員長だよな?」
「はい」
「ちょっとそこで二、三回ジャンプしてくれるか?」
「……? こうですか?」
彼女は言われた通りに軽く飛んでみせた。
それと同時に目の前で二つのバスケットボールが上下に弾んだ。
「ありがとうAGF……!」
「なぜこのタイミングで感謝するんですか!?」
このままでは部隊に入ってくれるものも入ってもらえないと思い、反対側の席に座らせて、強引に話題を変えてみる。
「それにしても、全然見た目変えてねぇんだな。俺もあんまり人のこと言えねぇけど」
「リアルに近い姿にしておけば親近感を持ってもらえると思ったので」
(なんかズレてるんだよなぁ……。この見た目なら逆にネカマを警戒されるだろ)
「……で、答えは決まったのか? まだ迷ってるのなら、気長に待つけど?」
それを聞いた撫子は少し俯いたが、意を決したように顔を上げた。
「私、嬉しかったんです。あんな風に私を評価してもらえたことが。現実の世界でも、私の内面を理解してくれる方がいたことが」
そして今度は撫子の方が手を差し出す。
「微力ではありますが、貴方に力添えさせてください」
アインはその手を力強く握り返した。
「歓迎するぜ、えーと……プレイヤー名、まだ聞いてなかったよな?」
「『アメリ』です」
その名を聞いた瞬間、彼の時が一瞬止まった。
「……そっか。よろしくな、アメリ」
(アイツはもういない。こんなのただの偶然だ)
懐かしさを頭の隅に追いやりながら、アインは一つ大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。昨日俺を倒したのが誰か、知らねぇか?」
「おそらく、もう一機の幻装少女です」
昨日の戦闘には、アインを含めて五人まで参加できた。つまりあと一機、あの場に潜んでいたと言うのだ。
「戦闘が終了して格納庫に戻される直前に見ました。十メートルほどの体躯で、大型ライフルを持つ幻装少女を」
「なるほど。ならあのナイフもそいつのものだったのか」
「バトルデータを保存していなかったのですか?」
アインは苦笑しながら髪をボリボリ掻いた。
「いやー、あの時ビックリして、つい強制終了したから残ってないんだよ」
アメリは軽く愛想笑いをすると、一つの映像を見せた。そこに映っているのは、リクテンオー、ジャンヌ、半裸の幻装少女と鬼の幻装少女。
「残しておいて正解でした。まだ私もちゃんと確認していませんが」
「流石しっかり者。さて、昨日の連中の名前は……!?」
画面を操作して昨日の戦闘の参加者のデータを確認した時、アインの動きが止まった。そしてそれは彼だけでなく、アメリも。
そこに表記されていたプレイヤー名は、マイト、ハル、そしてローグ。彼らが前世で一緒に闘っていた仲間の名だった。
二人とも、まさかあの場にいたのは、そしていま目の前にいるのは、かつての仲間――とは考えなかった。
(偶然ってあるもんだなぁ……)
(凄い偶然ですね……)
「あ、この『ローグ』という方、もしかしたら……」
「知ってんのか?」
「ちょっとした噂になっているプレイヤーです。どの部隊にも所属せず、他のプレイヤーからの依頼で動く傭兵。依頼されれば音もたてず、姿も見せずにターゲットを撃破することから、『
「不可視の狙撃手ねぇ……よし、コイツも仲間にしようぜ」
アインの唐突な提案に、彼女の思考は一時停止してしまった。
「……ええっ!?」
「だってまだ『答え』を聞いてないからな」
「彼も含めるんですね……って、そもそもどうやって見つけるんですか!?」
「わかんねぇ! けど考えがある!」
※
エントランスで人が最も集まる場所。そこに奇抜な一組の男女がいた。
もちろんそれはアインとアメリのことだが、二人とも『インビジブル・スナイパー探してます』と書かれたプラカードを持っている。
「あ、あの……これで本当に見つかるんですか? なんだかみなさんヒソヒソしている気がするのですが……」
「目立ってる証拠だ。そうすりゃその狙撃手も気づく」
目立つは目立つでも悪目立ちなのでは、という言葉はひとまず飲み込んだ。
(は、恥ずかしい……。大事なところだけをリボンで隠して、はしたないポーズを取るぐらい恥ずかしいです……。そんなことした経験はありませんけど)
そしてふと、根本的な問題に気づいた。
「あの、これで見つかったとして、その方が本人だという保証はないですよね? そもそも、『ローグ』という方がいまログインしているとは限らないのでは?」
「……あ」
「……別の方法を考えましょうか」
その時だった。背後から声が聞こえてきた。
「おい、やめろ。俺の仕事に悪影響が出る」
振り返ると、そこにいたのは一人の少年。フード付きのポンチョを着ていて、口元しか見えない。
「『不可視の狙撃手』は俺だ」
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