第2話 作戦があります

 黒い幻装少女ファンタズム・ガール、リクテンオーと白い幻装少女、ジャンヌの戦いに突然乱入した、ほとんどなにも着ていない、水色の髪の幻装少女。


「なんですかその恰好は!? せめてボディペイントぐらいしてください!」


 それもどうなんだ、と思うアインだが、口には出さないでおく。


「別にいいだろ。装備とか設定とか、そういうの面倒くさいんだよ」


 半裸の幻装少女から声が聞こえてきた。けだるげな男の声だ。


「それより、俺の敵はどっちだ?」


 黒と白の二機を交互に指差した。


「俺だ」


 これにアインが即答する。


「!? ちょっと待ってください! そもそもなぜ痴女……じゃなくて別のプレイヤーが戦闘に介入出来ているのですか!?」

「なんだ? 対戦設定見てなかったのか」


 アインもリクテンオーもキョトンとしながら答えた。


「この対戦に入れるプレイヤー、要するにゲストは四人まで。俺の勝利条件は俺以外の敵の全滅。他の参加者は誰でもいいからホストの俺を倒したら勝ちだ」

「な、なんですかその条件は!? 貴方が圧倒的に不利じゃないですか!」

「これぐらいやった方が面白いだろ。って、アンタはなに普通に俺らの間を通り抜けようとしてるんだよ!?」


 半裸の幻装少女は二機の間を散歩でもするかのように通り過ぎようとしていた。


「いや、刀取りに行こうと思って」

「それで素直に武器取りに行かせると思ってんのか!?」


 若干キレぎみにアインは半裸の幻装少女に殴りかかった。


(やっぱり最初より動きが速い。操縦に慣れた? いえ、これはそんな次元では……)


 しかし半裸の幻装少女はこれを軽々と回避する。


 それどころか伸ばした腕を支えにして体操選手のようなジャンプを披露し、そのまま刀の傍に着地した。


 地面に刺さった刀を引き抜き、リクテンオーにその切っ先を向ける。


「へっ、あんなパンチしか出来ない野郎なら、楽勝だな」

「どうかな? そんな防御力皆無の幻装少女なら、一撃当てたら終わりだ!」


 互いに向かって走り出す黒と水色。


「ひゃあああああああああああっ!!」


 しかし悲鳴と共に二機の間になにかが落ちてきて、動きを止めた。


「親方! 空から女の子が! って、はぁ!?」


 正体はまた別の幻装少女。


 だがその異様さに、アインは驚きを隠せなかった。


 その幻装少女、肌は人間と同じだがオレンジ色の髪の間から一対の角が生えている。オーガ、あるいは鬼娘と呼ばれる種族だ。


 ちなみにアバターも幻装少女も、人間だけでなくエルフやドワーフ、獣人やアンドロイドのような異種族にすることが出来る。


 さらに大きい。アインのリクテンオーより十メートルほどの高さがある。それも


 戦車の砲身部分を外したようなものに正座している、上半身を装甲でガチガチに固めた巨大な鬼娘。さらには手にはめ込む形状のマシンガンとキャノン砲を装備しているのだから、奇抜としか言いようがない。


「あ、あのぅ……このフリー戦のホストさんは誰ですか……?」


 鬼娘の幻装少女の中から女の声が聞こえた。


 声からも幻装少女の表情からも、オドオドしているのがわかる。


「あっちだ、あっち。あの黒いの」


 半裸の幻装少女がその隣に並び、リクテンオーを指差した。


「そ、そうですか……」


 鬼の幻装少女は赤面し、顔を向けようとはしない。無理もないが。


「おい、そっちの白いのはどうすんだ?」


 さらに白い幻装少女にも声をかけるが、こちらは静かに双剣を納めた。


「私の確認不足とはいえ、一対一の戦いだと思って参加しました。申し訳ありませんが静観させてもらいます」

「お堅いねぇ。それとも弱ったところを倒す算段か?」

「どう受け取ってもらっても構いません」


 そんなやり取りの中、一人だけ不敵に笑う者がいた。


「一対二か。だったらコイツの出番だな」


 ここにきてアインは背負っていた剣を抜く。


「『難華凄威剣なんかすごいけんムラマサリバー』。とんでもない量のミッションをこなして、気が遠くなるほど素材を集めてやっと手に入るなんかすげぇ剣だ! それと勇者パースが映える!」

「それはまさか……!?」


 白い幻装少女を操る女は剣の名を聞いて驚いている。


「行くぜえええええっ!!」


 リクテンオーは突進し、その勇者パースが映えるという大剣で斬り払った。


 半裸の幻装少女は後退して躱したが、鬼の幻装少女は慌てるだけで身動きを取れない。


 このままキャタピラ部分を両断される――かと思われたが、甲高い音を立てて剣の方が弾かれた。


「「……!?」」


 どちらもなにが起きたのかわからないという表情をしている。


「あの、その剣なんですけど……見た目はいいのに切れ味が全くない、というよりなにも斬れない剣として悪い意味で有名なんですよ……?」

「ええええええええええっ!?」


                  ※


 そこからアインは二機の幻装少女に追い詰められていった。


 半裸の幻装少女の変則的な斬撃がリクテンオーを襲い、ダメージを覚悟して攻撃しても回避されてしまう。


 さらに鬼の幻装少女の遠距離攻撃は、銃火器も飛び道具も持たないリクテンオーには対抗する術がなかった。


 その結果、全身を覆っていた鎧もほとんどが破壊され、ついには鎧に隠されていた豊満な胸も露となってしまう。


「この……っ! 鎧だけ器用に斬りやがって……!」

「おーおー、意外と上等なもんぶら下げてんじゃねぇか」


 ジャンヌのパイロットがリクテンオーの残った耐久値を確認すると、もう十分の一を切っていた。


(ここまでみたいですね)


 鬼の幻装少女はともかく、半裸の幻装少女の方が実力は圧倒的に上だ。


「残りの鎧も全部ぶっ壊してやるから、それまでくたばるなよ!」


 半裸の幻装少女がリクテンオーに向けて走り出す。


 リクテンオーの口元が笑っていることに気づかずに。


「くたばるのは……お前だ!」


 ボロボロの女魔王は思い切り地面を踏みつけた。


 すると大地が隆起し、天然の壁と化す。


「げっ!?」


 突然出現したこの巨大な障害物に、急ブレーキをかける余裕などない。半裸の幻装少女はこれに顔面からぶつかってしまう。


 さらにリクテンオーは、鬼の幻装少女に視線を移した。


 その獲物を狩る獣のような眼に、機体もパイロットも竦んでしまっている。


「だ、ダメ……! 来ちゃダメですううぅぅぅ!!」


 マシンガンとキャノン砲を乱射するが、リクテンオーは剣を盾代わりにして突き進み、鬼の幻装少女に肉薄した。


「ぬぅぅぅうううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおるぅあああああああああああああああああっ!!」


 そしてあろうことか自らよりも大きい幻装少女を持ち上げ、半裸の幻装少女に投げ飛ばした。


「ハアアアアア!?」


 しかしこれは驚かれながらも避けられてしまう。


(腕を掴まれた時もすさまじいパワーでしたが、ここまででは……。となると、考えられる理由は一つ)


「ひゃあ~……お、起こしてくださいぃ~……」


 倒れた鬼の幻装少女がジタバタともがく一方、半裸の幻装少女は猛然と抗議する。


「てめぇ! なんだその冗談みてぇな馬鹿力は!? チートしてんじゃねぇだろうなぁ!?」

「いいえ、これはおそらく『スキル』です」


 白い幻装少女のパイロットが口をはさんだ。


「は? スキル? なんだそれ」


 半裸の幻装少女の反応に他の三機は、逆になんで知らないの、みたいな顔になる。


「全てのプレイヤーが一人一つ使用できる特殊な能力のことです。最初のチュートリアルでキチンと説明があったはずですよ?」

「そんなもん面倒くさいから全部すっ飛ばしたに決まってんだろ」

「白いのの言った通りだ。俺のスキルは『逆境』! 耐久値が減れば減るほどパワーが上がる、常時発動型の自己強化スキルだ!」


 後半の言葉を聞いて、ジャンヌのパイロットの動きが止まった。


(それって、まるで――)


ギャア! ギャア!


 しかし突如響いた野鳥のような鳴き声に、思考を遮られた。


 四人が音のした方を見ると、奥の森から小型の恐竜――ラプトルが現れた。


 しかし小型というのは幻装少女から見たサイズであって、その大きさはおよそ五メートル。有名な海外の恐竜映画でイメージすれば、いかに巨大か想像がつくだろう。


 それも一匹だけではない。どんどん数を増やし、合計二十匹の巨大ラプトルが群れを成して四機に向かって走ってくる。


 このゲームのNPCは無人機だけではない。恐竜やゴリラのような過去や現代に存在する生物から、ドラゴンのような幻想上の生物も敵として現れることがある。


「あ、やっと来たか」


 他の三人が動揺する中、アインだけは平然としている。


「おいおいまさか、これも設定通りだってのか!?」

「おう」

「ちょっ、ちょっと対戦設定を見せてください!」


 送られてきたデータを確認すると、ジャンヌのパイロットは目を疑った。


募集プレイヤー名:アイン

制限時間:なし

フィールド:草原

参加可能人数(ゲスト):4

途中参加:可能

対戦方式:チーム戦(3チーム)

Aチーム:アイン

Bチーム:ゲスト

Cチーム:NPC

Aチームの勝利条件:Bチーム、Cチームの全滅

Bチームの勝利条件:Aチームの全滅

Cチームの勝利条件:Aチーム、Bチームの全滅

NPCの数:20

NPCのターゲット:Aチーム、Bチーム


「なんですかこのメチャクチャな設定は!?」

「いや、そもそもなんでちゃんと確認せずに来たんだよ?」

「そ、それは……」


 アインの指摘はもっともだったが、途端に口ごもってしまう。


「とにかくこの怪力バカを倒せばいいんだろ!? いまなら二十三対一だ!」

「……いいえ、三対二十一と考えるべきです。まもなく全員が包囲されます」


 白い幻装少女のパイロットが言うように、ラプトルの集団は目前に迫っていた。


「私に作戦プランがあります。協力してもらえますか?」


 白い幻装少女が黒い幻装少女に訊ねた。


 本来なら敵同士である以上、共闘する必要はない。


「ああ、面白そうだ!」


 しかしアインはこれをあっさり快諾した。


「そちらの二人は?」

「お、起こしてくれるなら、それで構いませ~ん……」

「あ、悪い。ちょっと待ってろ」


 リクテンオーが鬼の幻装少女を起こそうとする間、半裸の幻装少女のパイロットは思案した。


(……まあ、黒いのが途中でやられてくれりゃ儲けもんか。不意打ちさえ気をつければ怖くねぇ)

「わーったよ。で、どうすんだ?」


 すでに四機は群れに囲まれており、ラプトルたちは鳴き声を上げながらジリジリと包囲を縮めている。


「まずは黒い幻装少女の方、さきほどのように思い切り地面を揺らしてください!」

「よっしゃあ!」


 リクテンオーは全力で大地を踏み鳴らした。ついでにオッパイもブルンブルン揺れる。


 突然の揺れに恐竜たちはキョロキョロと周囲を見渡し、足をふらつかせていた。


「いまです! 包囲を突破してください!」


 リクテンオー、半裸と鬼の幻装少女が三方に散る。


 しかしジャンヌだけは包囲の中に残った。


「お前、なにしてんだ!?」

「逃げた獲物と残った獲物。どちらを狙うかは明白です。私が彼らの注意を引いているうちに、外側から攻撃を!」


 説明しながらも、外に出た三機を追いかけようとするラプトルたちにレールガンを当てて注意を逸らしている。


「内と外から挟み撃ちってわけか。にしても大胆な手を使うじゃねぇか!」

「なっ……!? 貴方の方がよっぽど恥ずかしい恰好をしてるじゃないですか!」

「なんの話だよ!?」


 言い合いながらも、ジャンヌは爪や牙を避けては攻撃を繰り返す。リクテンオーも剣を鈍器のようにして薙ぎ払っていった。半裸の幻装少女もラプトルたちをもてあそびながら一太刀で屠り、鬼の幻装少女は遠距離から三機の視界の外から攻撃しようとする敵を狙って銃弾の餌食にしていく。


(あれ? こういう闘い方、なんか懐かしいような……)


                  ※


 ラプトルが全滅した頃には、四人とも疲弊していた。


 特に一番攻撃を受けやすかったジャンヌは背中のスラスターもボロボロで、片乳も見えてしまっている。


「……ふぅ。よし、続きといくか!」

「も、もう勘弁してくださいぃ……」


 鬼娘、正確にはそのパイロットは音を上げていた。


「しょうがねぇな。ならこれだけは言わせてくれ」

「なんだよ、今度はでけぇティラノサウルスが襲ってくるとか言うんじゃねぇだろうな?」

「そんなんじゃねぇよ」


 そこでアインは一度言葉を切る。


「アンタら、俺と『部隊ユニット』を組まないか?」


 それは勧誘だった。


「『部隊』?」


 半裸の幻装少女がジャンヌに対して、説明しろよ、と視線で訴える。


「ここでいう『部隊』とは、その他のゲームでチームやギルドと呼ばれる集団のことです。このAGFでは『部隊』に基地と土地が提供され、人員の数や『部隊』としての勝率に応じて拡大していきます。それ以外にも土地を広げる方法はありますが……。ともかく巨大な『部隊』になると、一つの国家のようにビジネスが可能になったりするんです」

「ビジネスぅ?」

「はい、運営が配信停止していたり、レア度の高いアイテムや装備を売ったりして収入を得ます。他にも改造技術に優れた方がいれば、『部隊』外のプレイヤーから幻装少女の改造依頼を受ける場合もあります。運営では既定された範囲でしか改造ができないのに対して、より自由度の高い改造が可能ですから。つまり運営を公的機関とするなら、『部隊』は民間企業のようなものでしょうか」


 ひと通りの説明が終わると、アインは改めて話し出す。


「知ってるか? いまのAGFは色んな『部隊』が頂点を狙う戦国時代みたいな状態だ。そこに俺も名乗りを上げる。そして全ての『部隊』のテッペンに立つ! そのためには強い『部隊』が必要だ。アンタらのこと気に入ったよ。俺と組んでくれないか?」


 アインの表情は他の三人からは見えない。しかし感情がリンクしているリクテンオーの顔は、自信に溢れている。


「ハッ、くだらねぇ」


 しかしこれを半裸の幻装少女は一蹴した。


「幻装王に俺はなるってか? 俺より強い幻装少女に会いに行くってか? こちとらンなもん興味ねぇんだよ。やりたきゃ勝手にやってろ」


 厳しい言葉だったがアインはそれに怒ることなく、鬼の幻装少女に視線を送る。


「アンタはどうだ?」


 こちらはなにか言いたげだったが、しばらく黙り込み「……ごめんなさい」と消え入りそうな声で答えた。


「あ~あ。なんか冷めたわ。もうさっさと終わらせてくれ」


 半裸の幻装少女は刀を地面に刺し、両手を広げた。自分を倒せという意思表示だ。


 アインとしてはもっと粘りたかったが、無理に長居させても好転しないと思い、右腕を引いた。


 その時ふと、一匹のラプトルの死体が目に入る。そのラプトルの喉にはナイフが突き刺さっていた。


「おい、この中でナイフ使ってる奴いたか?」


ズガン!


 直後、一発の銃声が響き、アインの視界が真っ暗になった。


 そしてどこからともなく機械的な音声が聞こえてきた。


BATTLE FINISH!


                  ※


「……!?」


 信太郎は思わずバイザーを外してしまった。突然の出来事で息も乱れている。


(なにが、起きたんだよ……!?)


 思考が追い付かない中、「信兄さーん、晩ごはん出来ましたよー」という、妹の声が聞こえてきた。

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