第1章 結集~アッセンブル~

第1話 綺麗だ

 砂に埋もれた廃棄都市。その中に四つの人影がある。


 しかしそれは人にしてはあまりにも巨大な、十五から二十メートルほどの機械的な武装をした少女たち。


 人型の巨大ロボット、この世界で『幻装少女ファンタズム・ガール』と呼ばれる兵器である。


 手斧を持った赤い装備の少女。マシンガンを手にする黄色い装備の少女。肩にキャノン砲を装備した青い装備の少女。


そしてその三機と向かい合って黒い長髪をなびかせている、なにも武器を持っていない黒い装甲の女。


「よっしゃ! かかってこい!」


 黒い幻装少女の中から発せられたのは男の声。


 その言葉と同時に、赤い幻装少女は斧を振りかざして黒い幻装少女に迫った。


 しかしそれは腕を掴んで止められる。


「オラァッ!」


 そのまま頭上まで持ち上げられ、黄色の幻装少女に向けて投げ飛ばされた。


 重厚な音を響かせて少女たちはぶつかり、どちらも控えめな胸を露にして目をグルグルさせながら動かなくなる。


 残るは青い幻装少女のみ。


 ズンズンと足音を立てながら、黒い幻装少女が走り出した。


 キャノン砲で迎撃されるが、黒い巨体は止まらない。


 そのままラグビーのタックルのようにぶつかり、青い幻装少女を背後のビルに激突させた。


 こちらも衝撃で全ての装甲が破壊され、お尻まる出しで沈黙する。


「いっちょう上がり!」


 その直後、どこからともなく機械的な音声が鳴り響いた。


MISSION CLEAR!


                ※


「よーし、ちょっと休憩」


 息を吐きながら少年――小田おだ信太郎しんたろうはバイザーを外した。


 コクピット越しに見る砂漠から一転、自分の部屋が視界に広がる。


 彼がプレイしていたのはアーマード・ガール・ファイターズ――略して『AGF』と呼ばれるVRMMOメカ少女アクションゲームである。数年前から流行し、いまや世界中で人気を博している。


 さきほど闘っていたのも無人機。いわゆるNPCだ。


 ――いまより少し未来の日本、東京。


 彼はそこに住む五人家族、弟と妹を持つ高校一年の長男である。


 そしてこの少年には一つだけ特殊な事情があった。


 彼は自らが生まれる前、いわゆる前世の記憶というものを受け継いでいる。


イースピックと呼ばれる異世界で魔王を倒し、毒キノコが入ったスープを飲み死んでしまったアホ勇者、アインとしての記憶が。


 当然こんな話は誰かに言っても笑われるか気味悪がられるだけというのは理解しているので、誰にも話していない。


 ひと昔前に『異世界転生もの』と呼ばれる小説やアニメが流行したと知ったときは、あ、俺も俺も、などと妙な親近感が湧いたようだが。


 魔王を倒したそのあとのことは特に考えていなかったので、“自分が”毒キノコで死んだことには後悔していない。


なにも悔いがないというわけではないが、もうどうしようもないことはわかっている。


 ともかく彼は、魔法がない代わりに前世よりずっと発達したこの平和な世界を、小田信太郎として満喫している。『AGF』もその一つだ。


 ちなみにプレイヤーとしての名前は前世の『アイン』という名をそのまま使っている。


「さて、素材も揃ったし、完成させるか」


 軽く伸びをしてから、信太郎は再びバイザーを装着した。


                ※


「すんませーん、この武器の素材交換お願いしまーす」


 ログインしたプレイヤーが最初に集まるエントランス。アインはその一角にあるショップに来ていた。


 彼のアバター、つまり見た目は、簡単に言えばいまどき風戦国武将。動きやすいシャープな甲冑の上に陣羽織を着ており、髪をボサボサしたポニーテールでまとめている。


この外見は服装を除けば現実とほとんど変わらない。違うとすればリアルだと髪がこれより少し短い程度だ。


 武器のデータを入手したことを確認すると、今度は格納庫へとエリア移動した。機体の武器やパーツを変更する場所である。


 さきほどまで操っていた全長二十メートルの女を見上げながら、アインは操作画面を開いた。


「えーっと、まずは装備を外して……肩と腕はこれにして……胴体も……」


 ちなみにこの男、装備やアイテムは全部揃えてから一括で変更するタイプである。


「よし、完成だ。俺の幻装少女……リクテンオー!」


 その姿を一言で表現するなら、戦国鎧を身にまとった女魔王。


 全身が重厚な黒い鎧に覆われ、赤いマントをつけている。武器は背中にある西洋風大剣のみ。


 唯一人体部分が見える顔は妖艶な笑みを浮かべていて、幻装『少女』というよりは大人の女性という印象を受ける。


(勇者だった俺が魔王を扱うっていうのも変な話だけどな)


 自嘲気味にそんなことを考えていたが、徐々に動かしてみたいという気持ちが強くなっていった。


「とりあえず、フリーの対戦でも貼っておくか」


 AGFはNPCを相手にしたミッションの他にも、プレイヤー同士での対戦、いわゆるPVPも可能である。


「設定は……まぁこんなもんかな」


 アインは対戦の募集を申請した。あとはこの募集を見つけた対戦希望の相手を待つだけだ。


「先に向こうに行っとくか」


 ちなみに幻装少女に乗り込む方法だが、とてもシュールである。パイロットが自身の幻装少女につままれて、丸吞みにされるのだ。


「この感覚は慣れねぇな」


 コクピットに到着したアインは苦笑しつつパネルを数回操作した。


 するとモニター中央に「エリア移動します」という文字が表示され、周囲が無機質な格納庫から、緑豊かな草原へと変化した。奥には森も見える。


「さーて、相手が来るのが先か、『あっち』が来るのが先か……」


 直後モニターの隅に「対戦相手が来ます」というメッセージが表示された。


 どんな相手なのだろうか、自分と自機の力がどこまで通用するのか。


 期待と高揚感から、心臓の鼓動が早まってくる。


 数秒後、対戦相手の幻装少女もアインと同様にエリア移動してきた。


「……!」


相手の幻装少女を見た瞬間、彼は言葉を失った。


(綺麗だ……!)


 やっと脳内で絞り出された言葉がこれだった。


 サイズはリクテンオーとあまり変わらないが、対照的な金色で縁取られた白いビキニアーマーの幻装少女。


 武器は双剣と両膝外側に装備した小型レールガン。背部には翼型のスラスターを装備している。


 人としての見た目は高校生ぐらいだがスタイルが良く、長いブロンドヘアーを風ではためかせる姿は、まるで闘う姫様といった印象を受けた。


(姫か……。ま、アイツはあんなしかめっ面じゃなかったけどな)

「よろしくお願いします」


 白い幻装少女から声が聞こえてきた。若い女の声だ。


 同時に双剣を引き抜く。


「あ、ああ。こっちこそよろしくな!」


 我に返ったアインは、リクテンオーにボクサーのようなファイティングポーズを取らせた。


「……背中の剣は使わないのですか?」


 女の声のトーンが少し下がった。


 見くびられていると思ったのだろうか。


「気にすんな。さっきまでずっと素手で闘ってたから、こっちの方が慣れてるってだけだ!」

「そうですか。なら、遠慮はしません!」


 最初に仕掛けたのは白い幻装少女。


 スラスターが大きく噴射し、弾丸のようなスピードで突進してくる。


 それに対し、アインは拳を繰り出そうとするが……。


「遅っ!?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


 重装甲になったことでウエイトが増し、動作速度が改造前の半分ほどになってしまっていた。


 当然そんな攻撃が当たるはずもなく、駆け抜けざまに一太刀を浴びせられる。


 さらに白い幻装少女は周囲を縦横無尽に駆け巡り、何度も斬りつけてくる。


 スピードを殺すほどの堅さのおかげでたいしたダメージは受けていないが、ジワジワと追い詰められているのは確かだ。


(さて、どうすっかなぁ……あ、そうだ)


               ※


(何かがおかしい……)


 白い幻装少女――『ジャンヌ』のパイロットは疑問を抱いていた。


 彼女の攻撃は全て当たっており、相手は防戦一方となっている。


 だが黒い幻装少女は不敵な笑みを浮かべていた。


 幻装少女の表情は、パイロットの感情とリンクしている。つまり、相手のパイロット自身も余裕があるということだ。


(最初こそ攻撃しようとしていたのに、いまはその気配すらない)


 そして一つの仮説を立てた。


(まさか……ドMさん!?)


 彼女は知るはずもないので無理はないが、アインにそういう性癖はない。


 チラリと黒い幻装少女の耐久値、いわゆるHPを確認すると、半分より少し低くなっていた。


 それを証明するように黒い鎧が数か所破壊されており、二の腕や太ももが露出している。


(普通ならこの二倍以上のダメージを与えているはずですが、とても堅いですね。それに装甲でわかりにくいですけど、少しだけ見える肌から察するに私のジャンヌと同じぐらいスタイルも……じゃなくてっ! とにかく、このまま攻撃を続けていれば……!)


 そしてまた攻撃を繰り出した瞬間、信じられないことが起こった。


 いままでの緩慢な動作から一転、俊敏な動きで黒い幻装少女がジャンヌの腕を掴んだのだ。


「やっと捕まえた」


 黒い幻装少女から聞こえてきた声に思わず竦んでしまった。


 掴まれた手甲がミシミシと悲鳴を上げている。スラスターを使って無理に離れようとすれば、確実に腕が破壊されるだろう。


 ちなみに運営による残酷描写回避のために、手足が欠損相当のダメージを受けてもその部分が半透明になって他のものに干渉できなくなるだけで、断面も黒くなる仕様だ。


「くっ……!」


 彼女はここまで使わなかったレールガンを連射した。


 至近距離からの砲撃。普通なら怯んで距離を取るところだ。


 しかし相手は怯むどころか微動だにしない。


 さらには掴む力が段々強くなっていき、手甲に亀裂が走っていく。


「アンタの幻装少女、綺麗だからあんまり傷つけたくないんだが、これも勝負だ。悪く思うなよ!」


 黒い幻装少女が反対側の拳を握り締め、腕を引いた。


 このパワーを考慮すれば、数回の殴打で確実に撃破される。


(こうなったら、片腕を犠牲にしてでも距離を取るしか……!)


 スラスターを最大出力で噴射させようとした次の瞬間だった。


 二機の間をなにかが猛スピードで通り抜け、地面に突き刺さる。


 思わずそちらに視線を移した。


「刀……日本刀……?」


 黒い幻装少女のパイロットにとっても予想外だったようで、刀の方に気を取られて力が緩んでいた。


(いまならっ!)


 腕を振り払い素早く間合いから離れる。


 そして日本刀が飛んできた方向に視線を移すと、そこにいたのは――


「別の、幻装少女……? って、なんですかその恰好は!?」


 大きさはおよそ十五メートル、人間なら中学生ぐらいの体格の、水色の髪をツインテールにした幻装少女。


 しかし乳首と股間しか隠していない、おまけに靴すら履いていない、痴女のような姿だった。

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