大海を知るカエル

海月くらげ

第1話

よぉあんちゃん。シケたツラしてどうしたんでぃ。え、なかなか進路が決まらない? なんでぃまだ五月だぜ。ちと気が早すぎるよ。早く決まればいいってもんでもねぇだろう。


いやいや、周りと比べちゃいけねえよ。おめえにはおめえのペースがあるってもんだ。あんだと? そんなひでぇこと言う奴がいるのか。この水槽から出られれば俺が一発小突きに行ってやるってのに。あー。おめぇもおめぇだよ。漢ならそんなことでへこんでちゃいけねぇ。ビシッとしろビシッと。


おいおいあんちゃん。馬鹿いっちゃいけねぇよ。おめぇさんはカエルになったことがねぇからそんなことが言えるんだ。カエルになりてぇだなんて。


おめぇさんが思ってるほどいいもんでもねぇぞ。カエルの暮らしは。俺なんてよぉ物心ついた時からずっとこのペットショップの売り物だぜ? 一向に売れないもんだからとうとうオッサンになっちまった。これじゃなおさら売れねぇわな。畜生。隣のショーケースの子犬はしょっちゅう入れ替わるってのに。


大特価500円なんて書いてはいるけど安けりゃ買うってもんでもねぇだろう。気持ち悪ーいと言われた回数は数え切れねぇが可愛いなんて一度も言われたこたーねぇ。おらぁ一生このまま水槽の中で何も知らずに老いていくんだろうなぁ。井の中ならぬ水槽の中の蛙だ。


それと比べてあんちゃん、おめェはいいよ。どこにでも行けるし何にでもなれるんだ。なぁに急ぐこたーねぇよ。何がしたいかなんてゆっくり考えたらいいんだ。いつまでも決まらないようなら適当な一つを選んで少しやってみるのも手だぜ? 飽きたらやめりゃーいいんだから。


俺かい? 俺の夢は……そうさなぁ、死ぬまでに一度海が見たい。水槽の中の蛙だけど海を知っている。そういうカエルが1匹くらいいたっていいだろう? ハハ、あんちゃんも海は知らねぇクチかい。俺とおんなじだな。


え、今なんて。本当か? 本当にあんちゃんが俺に海を見せてくれるのか。俺の値段は500円でも餌代や水槽代を足したらある程度の額になる。おらぁ日本原産じゃねぇから自分で餌を取って食うことは出来ねぇぞ。日本には俺のメシがねぇんだ。ほんとにいいのかあんちゃん。


おいおい、あいつ本当に店員を呼びに行きやがった。大丈夫かねぇ。あんちゃんは俺を買ったこと、後で後悔しねぇかな。まぁ考えたってしょうがねぇか。なるようにしかならねぇな。


はぁやれやれ。いけねぇや。ニヤケちまう。いい歳したオッサン蛙がニヤニヤ笑ってたって気持ち悪いだけだってのによ。


こんなオッサンになってから叶う夢もあるんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大海を知るカエル 海月くらげ @umituki_kurage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る