14話 正解を教えて
「少佐!俺、世にも珍しい能力2つ持ちだと思うんですよ」
ミカエラの直属の部下であるデーヴィットは塹壕で突然そんなことを言った。
通常能力は1人1つしか持ち合わせられない(耳がいいとかあまりにも小規模な部類の能力は、同程度の能力が隠れてる場合はある)
ただ例外はあるらしく、それこそ国教の聖女コランや数百年前にレヴァンの領土拡大に貢献した、初代皇帝は大きな能力が複数あったと伝えられている。
「ほら、見てください。俺が触れたもの全部カビ生えるんですよ!」
ポケットから取り出した文庫本は黒い斑で覆われており、湿った埃のような香りが鼻をかすめる。
「いや〜これで人生一発逆転出来そうですね!」
デーヴィットには非常に言いづらいが、彼はおっちょこちょいなのか、水筒の蓋がズレてたりすることが多い。
そして、それを濡れたまま放置してるから、カビが生えてるだけで能力では無い。
オマケにここら辺は雨も多く、土地も湿地ぽいから余計カビが生えやすい条件が揃ってる。
ついでにミカエラが会話の際に使用してるスケッチブックもデーヴィット程では無いが、たまにカビが付いてしまう。
重厚で大地を震わすような音が近づいてくる。
「おい、戦車来たぞ!気を引き締めろ! 」
アンドリューがそう叫ぶ。
すると、近くにいた若い兵士が好奇心からか様子を見ようと塹壕から顔を覗かせた。
その瞬間、嫌な音ともに首から上が血飛沫をたてて吹っ飛んだ。
目を開いたままの頭部が重い音をたてて転がり、塹壕内に赤の線を引く。
「全くああはなりたくないですね」
デヴィッドはその様子を見ながら、そうぽつりと呟いた。
砲撃の隙を見てミカエラ達は塹壕から攻撃する。
「奴らの息の根を止めろ!」
隊長であるアンドリューはそう叫ぶと、ナイフで自分の手を刺して能力を展開する。
掌から血がどろりと手から溢れ落ちる。
ミカエラは戦車に向かって指を鳴らす。
瞬く間に戦車は火に包まれ、爆発物を持っていたのか、瞬きをする間に爆発した。
息をつく暇も無く、多くの敵兵や戦車がまたこちらに向かってきてる。
殺しても殺してもキリがない。
アンドリューは自身の血を機関銃に変えて、1人でもこちらに来る人数を少なくしようとしてる。
デーヴットも近くで異能力を展開させて、こちらに来る敵兵の首を無数の鋼鉄の糸で締める。敵兵はもがき苦しみながらその場に倒れ込む。
いつも間にか茶色の湿ってた土が赤くぬかるんで足元がすくわれそうだ。
『ソフィー』
「はい、ミカエラ少佐!」
ソフィーは、横でボロボロの小銃を抱えていたが、ミカエラに呼ばれるのと同時に、射撃姿勢になる。
『まだまだ沢山こちらに来るからそれを蹴散らせて!』
「
ソファーは敬礼してから何発か発砲する。
銃弾は恐ろしいほど正確に敵のこめかみを貫通する。
『流石猟師の娘だね』
「もう……!今はお父さん関係ないでしょ?」
ソフィーは、少し目を伏せると耳元で恥ずかしそうにそう言った。
幼少期のソフィーは父が副業で猟をやってる姿を度々嫌だと口にしていた。
「私達人間が生きる為に命を奪うなんて動物さんが可哀想じゃない!残酷だ! 」
何度もそのようなことを言って銃を持つことを嫌った。
「生きる為には殺さなければいけない。殺される前に殺さなければいけない」
現在のソフィーは、濁った黄色い瞳を敵兵に向け銃の引き金を弾きながらそう言った
ミカエラが指を鳴らすと、周辺にいた敵兵がいっせいに炎に包まれた。
1700度に近い高温に耐えられる人間は居ない。敵兵は叫ぶ間もなく、直ぐにその場に崩れ落ち泥の中に身体を埋めた。
ミカエラはその様子をただ眺めていた。
トラウマの炎も戦場では、何も思わない。まるで感情や思考の糸が切れたしまったようだ。目から溢れてくる水や濡れて泥水に浸かって冷たくなった靴下さえ、今はどうでもよかった。
ただただ、国を守る為に民間人への犠牲を減らす為に、可哀想だけど目の前にいる「敵」と呼ばれる存在を減らさねばならなかった。
それがミカエラが示せる唯一の愛国心のようなものだった。その一心でミカエラは能力を奮った。
「ウッ……オェェエエェ」
ミカエラは深夜の休憩時間、塹壕の中のトイレと呼ばれる穴に向けて胃の内容部を吐き出した。
先程の戦場での光景が今になって鮮やかに脳裏に映し出される。
火薬の匂いに血と肉が焼ける匂い。
まるでゴミのように扱われる亡骸。
塹壕内に溜まった下痢などが混ざった汚水。
そして仲間が駒として死んでいく様。
慣れてる筈なのに、何度も経験したはずなのに思い出す度に胃が収縮するような感覚となんとも言えない気持ち悪さに襲われる。
何故だろうか手が震える。いや、手だけでは無い。身体が全体が震えている。止めようとするものの、止めるどころか悪化してる気がする。
「兄さん。やっぱり兄さんは軍人なんて向かないよ」
後ろからルカの声がした。
『じゃあどうすればよかったの?教えてよ。ルカ……故郷も失って守ってくれる人も居ない中、子供2人で生活なんて出来ない。
環境が最悪な孤児院か軍に入るしか選択肢が無かった。もし、正解があるなら教えてよ』
ミカエラは振り返らず、いつもより早く唇を動かす。
国を守りたい。1人でも民間人の犠牲を無くしたいという気持ちは本物だ。
だけどそれと同時に辛すぎることがあまりにも多い。神にこの選択は正しいかと問いても、神は答えてくれない。
「ごめん分からない……正解なんて無いのかもしれない……でも、大切な人が傷だらけになっていくのを見ていることしか出来ないのが辛いんだ」
『だったら見なければ……』
「じゃあさ、兄さんはソフィー姉さんが苦しんでいたら見て見ぬふりできる?」
ルカは珍しくミカエラの話を遮る。
『そんなこと出来るはず無いよ』
「それと同じだよ……」
ミカエラは目を伏せてから、再び咳き込んで胃の内容物を吐く。そしてルカの方を1度も見ることなく、その場を後にした。
それからミカエラは、数時間後戦闘に向けての準備の為に倉庫を訪れると誰かが居た。
近づくと昼に塹壕から顔を出して死んだ兵士の親友の兵士が首を吊っていた。
急いで下ろしたものの、肌は白く冷たくなって息絶えていた。ミカエラはただ手を合わせることしか出来なかった。
近くにカビたメモ用紙が落ちていた。拾うとそこにはこう書いてあった。
『いつ終わるか分からないような絶望のトンネルを歩いてる時、唯一の光は死ぬ事なのです。死ぬことによってトンネルから抜け出せるんです。どうか許してください』
白いシーツを持ってきて兵士を包む頃には、彼の知り合いが数名集まっていた。
「どうしてお前……自分で死を選ぶんだよ!この前戻ったら話題の神國料理店に行って、鰻食おうと言ってたよな!
オレはお前と行くの楽しみだったのに、お前にとって死よりも軽いのか?楽しみじゃなかったのか?なあ!教えてくれよ」
もう1人の友人とみられる兵士は、ミカエラの胸ぐらを掴む。
「少佐!どうしてもっと早く来なかったんですか?!そうしたら……そうしたら……もしかしたらコイツは助かったかもしれないのに……」
死後の硬直具合を見る限り、昼頃に死んだのだろう。だからミカエラが夕方の仕事終わり直後に来ても助からないことは明白だった。
だけど、その言葉がミカエラの心にズシンと重くのしかかった。
シーツに包まれ、担架で運ばれていく兵士をミカエラはただただ力ない瞳で眺めていた。
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