13話 幽霊騒動
前線に着いて数日後、ソフィーは空いた時間に洗濯兵の仕事をしており、忙しい日々を送っていた。
「本当はミカエラの近くにいたかったのに……やっぱり私、駄目なのかな……戦場に行くのも反対だったし……」
今日は、テントの前に置いてある洗濯物を入れたカゴを回収しながら、洗濯部隊に所属するハセガワという女性に先日のモヤモヤが抑えきれなくて吐露した。
「ソフィーちゃんねぇ……それはソフィーちゃんのことを思ってやで」
そう言ってカラカラとはんなりと笑う。ハセガワはソフィーよりも10歳も年上で、しかも人妻なのに同じくらいの若さに見える。
「私のことを思って?……それってどういう……」
「あらあらあらあら……!」
ソフィーの話終わる前に、彼女は部屋の前にある洗濯回収箱を見て驚いたように声を上げる。そこには服と言うより泥がこんもりと入れられている。
「あらぁまぁ……」
ホンワカとした声でいうが、オーラが禍々しく、目が笑っていない。
「うわ、この汚れといい、量といい……さっさと回収と洗濯を終わらせましょう」
ソフィーはそう言い、片手で洗濯カゴを持ち上げた。
夜、女子宿舎ではとある話で盛り上がっていた。それは戦場にある公衆便所(と言ってもただの穴)で幽霊が出るという話だった。
「噂通り少年の姿だったよ!きっと恋人を待ち続けているのよ……死んでもなお待ち続けるって素敵だよね……」
幽霊を見た彼女はそれを思いだしながら興奮したような声で言う。
この国は幽霊とは、死しても生者を見守る者だと言い伝えがある為、幽霊を見ても怖がる人は少ない。
それどころか見れたらキャッキャと彼女のようにはしゃぐ人が多い。
残念ながら、ソフィーは人生で一度も幽霊を見た事が無いので、彼女の話を少し羨ましそうに聞いていた。
「でも、トイレで待ち続けるのはセンス無いよ。トイレで待つ恋人って何……?待っていても、邂逅出来るのは漏れそうな人だけだよ。まさか驚かして……」
「ソフィー!女の子なんだから下品なこと言わないの!その前に、戦争になる前に幽霊になったと思うから、別に好きでトイレにいる訳じゃないと思うよ」
「はーい……でも、みんな見えていいな……私いつも幽霊騒ぎがある度にそこに行くけど、何も見えないし、感じないんだよね〜!私も見たいのに〜!」
「今回はハッキリ見えたからきっとソフィーも見れるよ」
「じゃあちょっと行ってくる!」
隣にいた子にそう慰めれて、元気を出したソフィーはそう言うなり、元気よく小屋から出ていった。
「秋だからって舐めてた……寒……」
空を見上げる。今日は厚い灰色の雲がかかっているせいか肌寒い。
あと数ヶ月もすれば吐く息も白くなり、大地も白く氷に覆われるだろう。
こんな思いをしてトイレに着いたところで、ハエなどの虫以外何も見当たらない。
ソフィーはガッカリしながら、帰ろうとすると地面で白い人型の物体が転がってることに気づいた。
「……死体か……私が見たいのは死体じゃなくて幽霊なんだよなぁ」
「幽霊を見るとその年は幸せになるって言い伝えあるけど、私にはその資格がないってこと?」
親の顔より見たと思う、死体らしき物体を見つめてからそう呟く。
それから、寒空の下に晒されてる死体が可哀想になり、とりあえず敵だとしても回収だけでもしておこうと背負った。
死体にしては生温かい気がする。
死んで直ぐなのだろう。死後硬直もまだしてない。
「死にたてホヤホヤ……」
「吾は死んでいないのだが……」
そう少年のような声が聞こえたと思うと、死体だと思っていた物体が動き出し、ソフィーの背中から飛び降りた。
「吾は腹が減ってゐて倒れてゐたのじゃ」
深いフードを被っており、顔はよく分からない。それにしても、大分古風な発音が混ざった話し方だ。
「やっぱり……ゆ、幽霊〜!?」
「人の話を聞くのじゃ」
声の主はそう言うと、ソフィーの隣に来て話し出す。
どうやら話を聞くと、国中を旅をしていたが、旅に夢中になり過ぎるあまり食べ忘れて、あそこにぶっ倒れていたらしい。
そして、多分寄宿舎で聞いた幽霊は自分のことだと思うという内容だった。
とりあえず、軍人寄宿舎の方に向かう。
「アンドリュー中佐〜」
たまたま歩いていると、アンドリューが自室の前で腕組みをして立っていた。
「あ”あ”?どうしたんだ?」
少し機嫌が悪そうな声でソフィーを睨むように見つめる。しかし、経験上こういう時は疲れてるだけで、怒っては無さそうなので、ソフィーはいつもの調子で声をかける。
「なんか……旅をしてる人が迷い込んだみたいで……ここから外に出る馬車出せますか?」
「……ああ、分かった頑張って出す。数日待ってくれ」
アンドリューは、フードの少年を見てから、疲れてるはずなのに、いつもより明るく、優しく言うのは、子供だと判断したからだろうか。アンドリューは子供には優しいのだ。
「感謝する。ありがとう」
少年はそう言って丁寧に深々とお辞儀をした。その際にフードの中からチラッと見えた髪色はくすんだ黄緑色だった。
「とにかく、まだ朝まで時間がある。少し飲まないか?」
アンドリューに連れられて、闇に溶けた緑色の天幕の入口を開けると、眩しい光が目を刺す。こんなに眩しい光を夜に見るのは久しぶりだ。
「戦場にいるとストレスが溜まるからな。狭いが酒が飲める場所が出来たんだ。子供をここに連れていくのは些か抵抗があるが……部屋にいる方が危ないだろう」
アンドリューは席につくと、溜息をつきながらこう言った。
「ストレスを発散する方法は酒だけでは無い。薬物や暴力は然り、自分より抵抗する力が弱そうだと判断された人は……」
「ミカエラも俺もお前らには、そういう目に合って欲しくないと思ってる。被害さえ、怪我さえ合わなければいいって訳じゃない。そのような経験をして欲しくないんだ」
そう言ってから、アンドリューは自分のボロボロのカバンから、缶詰と箱を取り出して「お前ら食べてないんだろ?食べろ」と言いながら、そのいくつかを開けた。
「……お主の食べ物だろ?いいのかい?」
少年が不思議そうな声でそう言うと、アンドリューは考えてるような姿勢のまま「気にするな。いいから早く食え」と言うと、少年は泣きそうな声で感謝の言葉を述べた。
しかし、先程体勢のままアンドリューは既に夢の世界に行ってしまっており、その言葉は届かなかった。
ソフィーは赤ワインで煮た肉が入ったものや、ツナの油漬け、乾パンを。少年はトマトで煮込んだフジッリ(ショートパスタ)とハードビスケットとマッシュポテト、ツナのオイル漬けを選んで食べてると、後ろから肩を叩かれた。後ろを振り向くと目を見開くミカエラの姿があった。
『ソフィーどうしてここにいるの?』
「幽霊を見ようとしたら、少年を保護したからここに……ミカエラこそ、お酒飲めないのにどうしてここに?」
『色々あって、言いくるめられて部屋追い出されたから、ここでボーッとしてようと思って』
ミカエラはそう口を動かすと、少し困ったような瞳でソフィーを見つつ、近くの椅子を持ってきて隣に座る。
「おぬしら仲良さそうだなぁ……」
少年はどこか懐かしい何かを思い出す眼差しでそう言った。
「もう彼といて何年……お互い初めて会ったのが、10歳……だったかな」
『本当に最悪でくだらない出会い方だった』
ミカエラの方を向くと、そう書いた紙を見せてながら、懐かしそうに目を細めて笑っていた。
今から約10年近く前。ソフィーは近所のに家の庭に背が高く大きな木を見つけて登っていたのだが、てっぺんまでもう少しというところで、足を踏み外して落下してしまった。そして、その家の窓を突き破って、その家の息子……つまりミカエラの部屋に不時着した。
おかげで、しばらくミカエラに警戒されたのはいい思い出だ。
「自分を大切にしてくれる人を大切にするんじゃ。大切にするということは、案外難しいから……」
話を聞くと、少年は腕を組んでそう言った。
その雰囲気は、何百年も生きている精霊のようで、ソフィーは会って間もないのに、凄く引き込まれるような感覚を覚えた。
次の日、朝日が高く上がった頃に少年は外行きの馬車に乗って戦場から去った。
「ねえ、ミカエラ……幽霊が見えると幸せになれるみたいなそんな噂って本当だと思う?」
去っていく少年を見つめながら、ソフィーはぽつりとミカエラに聞いた。
『嘘。大体は見えない方がいいよ……本当に』
ミカエラは朝日の方角を見ながら、そう口を動かしてからため息をついた。
その目線の先には何もいなかった。
だけど、ミカエラには何か見えている様子だった。ソフィーはミカエラがそう言っていたとしても、視えることがちょっぴり羨ましく思えた。
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