番外編 摂氏233℃

 戦争に置いて不必要な物は個性だ。誰かが何かを訴えると、人々はそれに感化して、次々と動き始める。動き始めた集団はやがて大きくなり国をも滅ぼす。だから人々の感情を動かす、音楽も文学も……娯楽さえ要らない。個人の思想を語るなんてもってのほか。全て燃やしてしまえ!全て忘却してしまえ!と言うように、国は……時代は……戦争は私達国民に考える暇を与えない。





 1874年 レヴァン帝国皇帝ハインリッヒ=ヨーゼフは、戦費捻出の為、役所や図書館、博物館の民営化を決定した。それと同時に戦や個人に影響を与える、相応しくない表現を調べるために検閲を開始すると発表した。ある青年が好きな作家は執筆を禁じられ、楽しみにしていた本の新作は、日の出を見ることは無かった。

 民営化された図書館は、経費削減と上に目をつけられないように、低賃金で国の息がかかった人間を採用するようになった。もちろん中にはそれに抗う人間もいたが、やはり圧倒的な権力には勝つことが出来なく、ついにその事件は起きた。


『帝国ロスト図書館分館焚書事件』


 幸い貴重な歴史的資料は別の場所に移動されていた為、その焚書は免れたが、推理小説や純文学、評論など50000冊もの本が灰に還った。中には絶板になったこの国の塗りつぶしたい歴史をまとめたの本などがあり、この出来事は国内外から多くの非難を集めた。


「ネロ!この『焚書』という出来事は分かるか?」

 アンドリューは勉強の為にネロに本に書いてある内容を読ませた。

「……?分かんないヨ?」

 ネロは高原のような緑の目をぐるりと回してから、不思議そうな声でアンドリューを見た。


「焚書というのは本を焼くことだ。そこは分かるよな?」


 ネロは頷く。簡単なことだが、分かるということはいい事だ。


「本を焼くということは、その中に詰まった人の思いや紡いだ歴史、先人の知恵、知識……そしてそれらの集合体である人を焼くということなんだよ」


「本は簡単に言えば、ただの紙の塊だ。だけれどもその中に詰まっているのもは、どんな内容であれ紙の塊以上……いやそれを大きく上回るの価値を持つんだよ。人の人生を変えるくらい……」


そういえばある作家が意味は違うが、似たようなことを言っていた。

『本を焼く者は、やがて人も焼くようになる《Die Person, die das Buch backt, wird die Person bald verbrennen》』

読んだ当時はよく分からなかったが、改めて考えると、本当にその通りである。


「へー本で人間って燃えちャうのヨ?!」

「どーやって燃えちャうのヨ?」


ネロは前のめりになり興味深そうにアンドリューを見つめる。やれやれ教えるのに時間がかかりそうだな……と思いながら、今は分からなくてもいい。どうかこれだけは記憶しておいてくれと心の底で願った。


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