第6話 核

「んー、それにしても核って何が核として使われるのー?」

「魔力を帯びさせることが出来るものならなんでもいいだけど……、そうね、巨石や大木、宝石、魔導書なんかは見たことがあるわね」

「森の中なら大木、でしょうか」

「妖精の森ならほかにも核になりそうなものはありそうだし、外部から持ち込むことも出来るから」

「結局見つけてみなきゃ分かんないー、ってことかぁ」


 青々とした木々が生える森の中の道をコトハを先頭に、ディアナ、ヒューノ、リリアの順で進んでいた。ディアナたちからは見えないが、おそらくコトハの従魔であるアキトが先を偵察してくれているのだろう。


「しっかし、こうも同じ景色が続くと本当に進めているのか疑わしくなるな」

「定期的に探索魔法かけてるから大丈夫だとは思うのだけど……」


 珍しくディアナにも自信が無いようだった。少し困ったように眉を下げながらあたりをキョロキョロと見回してた。


「んー、まぁ、アキトが先頭歩いてるし、ここは獣の勘を信じてみよー」

「うん、それは頼もしいわね」


 振り返りながらにこっと笑いかけてきたコトハに、ディアナもつられてにこりと微笑んだ。


「うわー、美少女の微笑み! やられたー」

「……そろそろ前を向いて歩いたほうがいいと思うわ」

「あいたっ」


 ディアナの忠告はあと一歩遅く、コトハ木の根か何かに躓いて転びそうになったが、すぐさま地面に手をついてくるりと一回転して着地した。


「本当に痛いのか、あれ」

「反射じゃないでしょうか」

「身体能力オバケね」

「ちょっとー、少しくらい心配してくれてもいいじゃーん!」


 そんなこと言われても、と後衛三人が顔を見合わせて苦笑した。それを見てさらにコトハはむーっと膨れた。そんなコトハを見て三人はさらに笑う。

 結局はコトハもつられて笑い始め、鬱蒼とした森の中にもかかわらず少女たちの明るい笑い声が響いていた。


「さーて、気合入れて探すとするかぁ。でもよぉ、核を見つけたとしてそれはこの≪迷いの森≫の核だろ? 魔物がこの森で発生した原因はまた別なんだよな」

「えぇ。自然発生したのか、それとも人為的に発生させられたのかも分からないし」

「え、魔物って人為的にも発生させられるの? こっわー」

「えぇ、一般には知られていないと思うわ。とても珍しい属性が求められるから」

「それを知ってるディアナがすげぇな……」


 ヒューノがひきつったような笑いを浮かべ、それを見たディアナも苦笑を浮かべた。

 それからしばらく周囲を警戒しながら進んでいると、日が差し込んで明るい場所が見えてきた。どうやら広場になっているようだ。


「明らかに怪しいねー」

「怪しいな」

「怪しいですね」

「でもあそこに核がありそうな反応があるわ」


 怪しくとも行かなければ何も始まらない。四人は顔を見合わせるとひとつ頷き、先へと進むことにした。

 小さな広場はそこだけぽっかりと木々が生えておらず、日が差し込んで明るく輝いているように見えた。広場の淵まで近づいていみると、ぽっかりと開いたそのスペースに一輪の白い花が可憐に花開いていた。


「……罠?」

「あれは……」

「リリア、何か知ってるの?」


 リリアはこくりと頷くと口を開いた。


「エルフに伝わる妖精王にまつわる伝承があります。妖精王の二つの心、二輪の花。黒き嫉妬の花、≪妖魔の花≫。白き慈愛の花、≪精霊の花≫。伝承に出てくる≪精霊の花≫の特徴にそっくりです」

「妖精王にまつわる花、ね。核にするにはぴったりだわ」

「あの花、花びらが水晶でできてるみたい。きれー」

「綺麗だが、なんだか吸い込まれそうな恐ろしい美しさでもあるな。あれを破壊すればいいのか?」


 花をじっと見つめて何か考え事をしていたディアナだったが、一度探るように目を細めたあとはっと何かに気が付いたように目を見開いた。


「エルフの伝承ではあれは“妖精王の心”だと言われているのよね?」

「えぇ、その通りです」

「おそらく、その伝承は正しいわ。あれは何か、たぶん妖精王と深く繋がっている。あれを破壊してしまったら妖精王に何か致命的な傷を負わせてしまう」

「……妖精王はリリアに執着してるんだろ? なんならやっちまっても」

「駄目よ。妖精は魔法の四台元素を司っている。妖精王に何かあったら魔素が暴走する程度で済めばいいのだけど」

「じゃあ、どうすればいいんだ」


 ディアナはおもむろに黒い杖を地面に突き立て構えた。


「私が、浄化して結界を解除する」

「……なら、その間は私たちがディアナを守るよー」

「手伝いは?」

「大丈夫。周囲の駆除だけお願いするわ」


 そう言うやいなや、ディアナはすぐさま集中して魔力を練り始めた。膨大な量であるにも関わらず、つぎ込まれた魔力は穏やかで静かにたゆたうようだった。

 そして細く柔らかく伸ばされた魔力が≪精霊の花≫に絡みつき、少しずつ侵食していった。


「……すさまじく繊細な魔力操作ですね」

「あれは手伝えって言われても無理だったわ」

「二人とも、そろそろ来るよー」


 コトハの隣ではすでにレオンとタイガがおそらく魔物がいるのであろう方向を見ながら警戒している。

 ヒューノとリリアはそれぞれ魔導書と弓を取り出すと、構えてディアナの周りに陣取った。


「ディアナの力と技術をもってしても手こずってるらしいからな。この程度の奴らはあたしたちが蹴散らしてやらねぇと」

「ふふ、そうですね。ディアナには存分に集中していただきましょう」

「私のかっこいいところ見せちゃうぞー」


 口では軽口をたたきながらもその目は真剣で、油断ひとつしていない様子がうかがえる。気合は十分、どこにも余計な力は入っていない。

 予想通りの場所から姿を現した魔物に向かい、コトハが駆けだした。そのすぐ横をレオンとタイガが駆け抜けていく。


「頼もしい前衛だねぇ」

「私たちも頼もしい後衛だという自負はありますよ」

「違いないね」


 コトハとレオンが攻撃を弾いて体勢を崩した魔物を、間髪入れずに矢と魔法が射貫いていく。


「さっすがー! 次もよろしくー」


 軽やかに身をひるがえしながらコトハが叫んだ。


「あぁ、任せろ!」

「任せてください!」


 ――ディアナには指一本触れさせない。

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