第5話 戦闘
「……≪射貫け≫!」
「戦闘中はかっこよく叫ぶリリアさんに痺れるぅ」
「馬鹿なこと言ってないで集中しなさい!」
コトハとその従魔が最初の魔物を見つけてからすでに数十体の魔物が次々と集まってきていた。
口では軽口をたたきながらもコトハの足に乱れはない。が、疲労のためか少しずつ動きが鈍くなっていっているのは目に見えて明らかだった。
当然、リリアもヒューノも近づかれた際に対処する方法は用意しているだろうが前衛の専門が機能しなければ彼女たちの火力を最大限活用した攻撃は不可能になる。
「コトハ、一度回復を入れたら私も前に出るわ。少し温存しなさい!」
「だいじょーぶ! って言いたいけど助かるぅ」
「素直でよろしい。“進め、進め、光を得て。希望を抱いて立ち上がれ”≪聖者の奮起≫」
コトハの足元にピンポイントで淡い光が現れたかと思うと、すぐさまふわりとコトハを包むとさっと消えた。
「なに今のー? え、すごーい」
「語彙力バカになってんぞ。ディアナが出るから少し下がれ!」
「はーい」
コトハが下がると同時にディアナが入れ替わるように前へと立ちはだかった。黒々とした長い杖を振り回し、まるで舞を踊るかのように優雅で滑らかに、しかし魔物と交差するたびに強烈な一撃を加えている。
「あいつほんとに魔導士か? どんな訓練積んでんだ?」
「コトハへの回復もそうでしたけど、あの発動速度で動き回る人を対象にあそこまで正確に魔法発動させるとか人間業じゃないですよ」
リリアとヒューノもたしかに近づかれた際の対処法として近接戦闘の訓練は続けるようにしているが、コトハのように前衛として魔物の前に立つことは出来ない。それに比べてディアナは本職の前衛と遜色のないレベルで近接戦闘をこなしている。
最強と名高い聖魔導士部隊が特殊なのか、ディアナが特殊なのか。
ディアナは近接戦闘を続けながらも短く詠唱を続けては魔法攻撃も続けている。
「“舞い散れ”≪聖女の祈り≫」
詠唱は短縮されているにもかかわらず、ディアナの魔法は魔物たちに鮮血の花を咲かせては舞い散らせている。
そしてあたりから魔物の呻き声すらも聞こえなくなった頃、ディアナは静かに杖を下ろしほっと息を吐いた。
聖魔導士団の制服である白いワンピースは、先ほどまで魔物たちに咲いていた鮮血の花が写し取られたかのように真っ赤な花が咲き誇っていた。
「≪洗浄≫。お疲れ様です、ディアナ」
「これが、今代の聖女か。すさまじいな」
「今までずっと、こうしてみんなを護り、導いてきたんだねぇ」
そんなディアナを恐れることなく、リリアたちはその手をそっと取り
「ありがとう、リリア。そんな魔法も使えるのね」
「ありきたりな生活魔法だけですけど」
優しい風がディアナを包むと、返り血に染まったワンピースが再びその白さを取り戻した。白い制服を着て淡く微笑む姿は先ほどまでの惨状を作り出した張本人だとは思えないほどの神々しさを醸し出している。
物憂げに目を伏せて何か考え事をしていたディアナだったが、考えがまとまったのかふと顔を上げるとリリアを見つめて口を開いた。
「リリア、少し聞きたいのだけど、この森ってこんなに魔物が多いものなのかしら」
「いえ、さすがにそんなことはないはずです。おそらく聖都で大量発生したという魔物がこちらに流れてきたのではないかと」
「本当にそうかしら?」
「え?」
「聖都からこの森までかなり距離があるわ。私たちはここに来るまでに少なくない数の魔物を殲滅してきた。それに、そもそも私たちは聖都から来ている」
「つまり、同じ方向に進んでいたはずなのに先にここまでの量の魔物が森の中に入り込んでいるのはおかしい、ってことか」
ヒューノの言葉にディアナはこくりと頷いた。
「この森にこの量の魔物を抱え込むキャパシティはない。でも流れてきたとは考えづらい」
「……もしかして、この森でも最近魔物が大量発生した?」
「えぇ、その可能性が高いと思うわ。それに……」
ディアナはあたりをゆっくりと見回した。
「この森、どこかおかしいのよ」
「おかしい、ですか。それは≪妖精の森≫だからではなく?」
「それもあるのかもしれないけれど、でもなんだかこの景色に違和感を感じるの。こう、何かでおおわれて隠しているような……」
「普通の森にしか見えないけどなぁ」
ヒューノたちには普通の森にしか見えず、首をかしげていた。ディアナは何かを探るように注意深くあたりを見回していたが、はっと何かに気が付くと懐から小瓶を取り出した。
「魔力砂? いったい何に使うのー?」
「私の勘が正しければ……、いえ、見てもらった方が早いわ。これで偽装を剥がす」
「偽装って、穏やかじゃないな」
ディアナは自分の周囲に小瓶から魔力砂を撒くと、黒い杖を地面に突き立て魔力を練り始めた。
「……核がある? でもどこか分からない。少なくともこの辺りにはない。でもこの辺りじゃないから逆に一部なら剥がせる。……≪
魔力砂による魔法陣が次々と書き換わり、複雑な紋様を描いたのち光を放ちながら固定された。そして徐々に光を増すと周囲10mほどの範囲にまで広がり、光で森を包み込んだ。光が森を包んでいたのはほんの数秒で、すぐに視界が戻った。
「……なんだ、これ」
「これが全体に広がってる、っていうの?」
目の前には枯れた木々。それが光が広がった範囲きっかりに現れていた。
「いえ、さすがに全体に広がってる、ということはないと思うわ。それでも一部がこのように枯れてしまっているのは確か」
しばらく驚いたように枯れた森を眺めていたが、やがて円の外周から徐々にまた元の森の景色へと戻っている。
「……さすがに完全に解除することは出来ていなかったわね」
「さっき“核”って言ってたよな。もしかして何かを要として結界を張り、この森に幻影を纏わせているんじゃないか。でもなければ引き剝がした偽装がまた元の幻影を纏うなんてありえないだろ」
ヒューノの言葉にディアナは頷いて肯定した。
「誰がこんな手間のかかること、しかも妖精王が住まうというこの森でそんなものを用意したのかは分からないけれど、それを解除しなければ面倒なことになると思うわ」
「っていうとー?」
「解除しなければここを出ることも、先に進むことすら出来ない。延々と」
「……“森”、“幻影”、“結界”、“核”、あぁ、くそっ、そういうことか」
「ヒューノ、どういうことですか?」
魔法に詳しいヒューノはディアナの言っていることを正確に理解することが出来たようだ。頭を抱えてうなっている。
「広域結界≪迷いの森≫。森を結界で閉じ、幻影で覆うことで中に入ったものを延々と迷わせる。同じ景色を見せ続けることで進んでいると錯覚を起こさせることが出来るわ」
「枯れた木々を枯れていないように見せるのは幻影をかぶせる副次的な効果だな。いずれにせよ核を壊せば結界も解ける」
「妖精王の目的が私を呼んでいるならまだしも、ここに留めることだけが目的なら妖精王のもとに辿り着くことすら絶望的、ですか」
「うん、妖精王の目的はまだよく分かんないけど、とにかくまずはその“核”ってものを探せばいいんだね」
目的が決まれば話は早い。
「なにが核とされているのかはまだ分からないわ。私とヒューノなら魔力探知で判別することが出来るはず。とにかく探し続けましょう」
とにかく次の一手を。ディアナが三人の顔を見渡せば三人はこくりと力強くうなずいた。頼もしい。
さぁ、始めよう。
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