第4話 スタイル

 しばらく頭を抱えたのち、魔法であちこちに連絡をしていたディアナであったがようやく事態が落ち着いたのかキリリと顔を引き締めて立ち上がった。


「……過ぎたことは仕方がないです。先に進みましょう」

「やらかしたのは聖女様だけどな」

「うっ」


 ヒューノからの突っ込みにまた頭を抱えて崩れ落ちそうになったディアナであったが、リリアがまぁまぁととりなした。


「このまま留まり続けるのは危険なのも事実です。進みましょうか」

「えぇ、そうね。分かりました。先頭は私が行きますね」

「あ、ちょっと待ってー」


 ディアナが先へ進もうとすると、そこへコトハが待ったをかけた。

 不思議に思いながらコトハを見ていると、コトハは腰に巻いているポーチから金属の丸い物体と取り出すと、ちりん、と音を鳴らした。


「≪召喚サモン≫"アキト""レオン""タイガ"」


 コトハの呼びかけに応えるように、三体の獣が姿を現した。


「村人たちが怖がるかなーって還してたんだけど、基本はこの子達も一緒なんだー」

「なるほど、サモナーなのね」

「ううん、正確にはテイマー。この子達、この見た目だから場所によってはかえさなくちゃいけなくて、頑張って覚えたよー」


 ディアナに説明をしながらも、コトハの手はわしゃわしゃと獣たちを撫でまわしている。


「この黒い子が黒ヒョウのアキト、こっちの金色が金獅子のレオン、それでこの白い子は白虎のタイガだよ」


 呼び出されたことがよっぽど嬉しいのか3体はコトハにすりすりと体を擦り付けては甘えている。


「うちの子可愛いぃぃ」

「迫力満点な肉食獣だけどな」

「頼もしい子たちです」


 リリアとヒューノにも慣れているのか、二人にもすりすりとすり寄っては挨拶をしている。二人も慣れた仕草で撫で返した。


「テイマーで喚送かんそう魔法が使えるの……」

「コトハはいろいろ規格外なんだよ」

「ヒューノには言われたくないと思います」

「いや、貴女たちみんな規格外だと思うわ」

「一番規格外な聖女様には言われたくないよ?」


 ジトっとした目でお互いを見ていた四人だが、すぐにくすっと笑いが漏れ、やがて大きな笑いへと変わっていった。


「ねぇ、その“聖女様”っていうの止めません?」

「いいね。あたしたちのことも名前で呼んでよ。あと、敬語もなし」

「これから背中を預けて戦う仲間になるわけですし、これも何かの縁です」

「それじゃ、改めてよろしくね。“ディアナ”!」


 一度打ち解ければ歳の近い女の子同士、魔物が蔓延る森には不似合いなほど楽し気な会話が延々と続く。なお声は小さくとも内容はえらく物騒であったが。


「アキトは隠密が得意だから斥候役を引き受けてくれるんだー。タイガとレオンは前衛役」

「なるほど、とても頼もしい仲間なわけね。貴女たち、女の子が三人なわりには後衛が二人でバランスが悪いと思ってたのよ」

「リリアが弓、あたしは魔法がメインだからな。短剣使うコトハが一人で前衛だとたしかに荷が重い」

「ディアナは筆頭魔導士っていうくらいだから魔法がメインだと思っていたのですが、前衛も出来るんですか?」

「魔法が強いだけで筆頭魔導士は務まらないわ。なにせ一番狙われるもの。私が得意なのはこれよ」


 そういってディアナが掲げたのは自分の背丈ほどもある黒い杖だった。


「これ、私の師匠から譲り受けた杖でね、これがまた……」


 そういいながらディアナはおもむろに杖を振りかざすとそのまま地面に力いっぱい叩きつけた。が、杖は何事もなかったようにピンとしている。


「……ご覧の通り、めちゃくちゃ固いのよ」


 傷一つ付かずにディアナの手元にある黒い杖と、激しい打撃音とともに抉られた地面を見比べて三人娘はドン引きした。


「うわぁ、殴られる魔物が可哀そう……」

「失礼ね」

「その長さの杖振り回す筋力の方がこえぇよ」

「“聖女様”っていろいろと凄いのですね……」


 めちゃくちゃ硬い杖になのか、長い杖を軽々と振り回すディアナになのかは分からないが呆れたため息を吐いた三人は、でも味方にすれば心強いと開き直って先へと進むことにした。


「それにしても不思議な森ね。今回の事件で森歩きにはだいぶ慣れたと思っていたのだけれど、いま私たちがどこを歩いているのかつかみきれないわ」

「私たちはすでに妖精の森に踏み入れてますからね」

「人智の及ばぬ神秘の森、か。そんな状況じゃないって分かっててもやっぱりこう、わくわくするよなぁ」

「わくわく、で済めばいいんですけどねぇ……」


 リリアが物憂げにため息を吐く。森の民のエルフとして妖精の存在が一番身近な分、不安も大きいのだろう。

 しばらく話しながら進んでいると、コトハがぴくん! と何かに反応した。


「あ、みんな。アキトが前で何か見つけたみたいだよ。たぶん魔物、数は……四!」

「どうする、避けることも出来るだろうが」

「そうね、出来るだけ数を減らしたいわ。余裕があるならやってしまいましょ」

「初の四人で戦闘だね!」


 それぞれが獲物を構えながら緊張した面持ちで、でもどこか楽しげな雰囲気で魔物に近づくのを待った。

 いつの間にかアキトもコトハの隣へと戻ってきており、コトハからそっと撫でられていた。


「先に皆さんにバフをかけておきますね。≪聖女の息吹≫」

「うわ、その詠唱でこんなに底上げしてくれんの? 反則かな?」

「ありがたいことには変わりないでしょー? じゃ、いってきまーす」


 コトハは軽く声をかけるとひらりと飛び上がってレオンへと飛び乗り、そのまま魔物の群れへと飛び込んでいった。

 軽い身のこなしで攻撃をかわすと、反対に右手に構えた短剣で魔物を斬りつけている。後ろから攻撃される、と思えばまるで背後が見えているかのようにひらりとかわし、すぐさまレオンやタイガが攻撃を加えている。


「あの子、どうなってるの……」

「レオンたちと感覚共有して全方位を見てるらしいぞ。とんでもない情報処理能力だよな」

「それに反応できる身体能力もえげつないわ」


 ディアナとヒューノがそんな会話をしている間にもリリアが放った矢が魔物に命中し、その数を減らしていた。


「私が出る幕はなさそうね」

「バフかけてくれただけでじゅーぶん。これならあたしでも詠唱短縮でいけそう。≪水檻≫」


 ヒューノが唱えると空中に濁った水球が現れ、すぐ近くにいた魔物をその中へと取り込んだ。

 取り込まれた魔物は苦し気にもがいていたが、すぐに沈黙した。


「……なんか、溺死とは思えない藻搔き方をしていたように思うんだけれど?」

「あたしの水魔法は特別製」


 最後の一匹を仕留めたのを見たヒューノが振り返りながらピースした。


「本当、みんな規格外に強くて私はついていくので精一杯です」

「リリアだって矢に魔力乗せてえげつない威力出してたじゃん?」

「バレました?」

「可愛く言っても駄目だぞ」

「頼もしいことこの上ないわね」


 ディアナは笑いながら言った。頼もしさで言えば、たしかに同じ部隊の彼らだって頼もしいことこの上ない。でもなぜだろう、彼らとは違う頼もしさも感じていた。


「一番頼もしいのはディアナだろ?」

「安心して前に出れるよー」

「私たちの切り札ですからね」


 あぁ、そうか。彼女たちは隣に並び立つ仲間であり、友なんだ。

 ディアナの心の中にすとんと着地したその思いは、あながち間違いではない気がしてどこかくすぐったく面映ゆい。


「さてと、ゆっくりしてるとこ申し訳ないけど、追加で団体さんがいらっしゃりそうだよー」

「来るならヤル。そうだろ?」

「えぇ。もちろんよ」


 彼女たちと過ごすこの時間が、たとえ戦うためであったとしても楽しくて仕方がない。

 無意識にディアナの口元には薄く笑みがこぼれていた。


「うわー、戦闘始まるっていうのに笑ってるよこの聖女様」

「末恐ろしい聖女様だな」

「同じような顔してるあなたたちに言われたくないわ! 行くわよ」

「はーい」


 三人娘に聖女が加わり、四人娘となってさらにパワーアップしたディアナ達に向かうところ敵なしだった。

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