第2話 疑念

「……おかしい」

「筆頭も気づかれましたか」


 民間人をつれて進むこと数時間。ディアナたちは未だ森の中を進んでいた。

 違和感は感じるが、それが何かという確証は持てていない。副官の顔を見れば彼も同じ状況なのは分かった。

 どうしようか、と空を振り仰げば日が傾きかけているのが見えた。出発したのもそれほど早い時間ではなかったし、今日はここが限界だろう。


「そろそろ日も暮れる。今日はここまでにして野営にしよう」

「はっ。承知いたしました。すぐに準備いたします」


 副官を通して出すべき指示を出した後、ディアナはふむ、と考え込んだ。そんなディアナのそばに1つのグループが近づいてきた。


「あの、聖女様。少し相談がありまして……」

「あぁ、貴女たちでしたか。私からも少し聞きたいことがあって」


 相談がある、という通り深刻そうに眉間に皺を寄せたリリアが後ろにヒューノとコトハを連れて歩み寄ってきた。

 リリアがお先にどうぞ、という言葉に甘えてディアナは口を開いた。


「リリアさん、貴女エルフの一族で間違いはない?」

「お気づきでしたか。さすが聖女様、でしょうか」


 リリアはディアナの問いかけを肯定するようにその長い深緑の髪をかき上げ、先のとがった耳を露出させた。


「では、私が相談したかった内容にも検討が付いているのでしょうか」

「ええ、なんとなくそうではないか、といった域は出ないのですが」

「なら話は早いですね。おそらく聖女様が想像されている事態に陥っていることは間違いないかと」

「その、想像している事態ってなんのことなの?」


 おずおず、というように手を挙げながらリリアの後ろからコトハが質問してきた。リリアとディアナの話はあちこち端折られすぎていて何が何だかさっぱりである。


「さっき副官とも話していたのですが、ここ、違和感があるんですよ。おそらく、ループさせられてます」

「ループ、って同じところをぐるぐる回されているってこと?」

「なるほど、≪妖精の森≫か」


 ディアナとリリアがヒューノの言葉に首肯した。


「でも分からないのはなぜ距離をとっていたはずの妖精の森にいつの間にか入り込んでしまったのか」

「それが、おそらく私のせいではないかと」

「リリアさんの? でもエルフがいるからといって妖精の森に引きずり込まれるなんて聞いたことがありません」


 なぜ? という疑問を浮かべたディアナにリリアは頷くと、本来ならそんなことはありえません、と少し躊躇しながら話し始めた。


「エルフの里に伝わる伝承に、妖精の愛し子にまつわる話があります。妖精は非常に執着心が強い。特に妖精の森に住まわる妖精王はその傾向が顕著だと。妖精の愛し子と呼ばれるような存在が近くまでくれば」

「引きずり込んででも逃がさない、ですか」

「でもそれならリリアを引きずり込んで終わりじゃ? いや、それも許せないけど」

「非常に厄介なのですが、妖精王はとても執着心が強いがゆえに嫉妬深いとか……」

「うわぁ……」


 ディアナは辛うじて眉をひそめる程度であったが、コトハとヒューノは素直にドン引きの表情を晒していた。そんな仲間たちの表情を見て苦笑しながらリリアはだから、と続けた。


「おそらく私が離れれば皆さまは問題なく進めるかと思います。ご協力させていただくと言った手前申し訳ないのですが離脱をお許しいただければ……」

「ちょっと、リリア1人じゃ絶対に行かせないよ」

「変態さんの臭いがするもんねぇ。1人置いてなんていけないよね」


 リリアが行くのならば絶対についていく、とヒューノとコトハは息巻いている。


「えぇ、その通りですね。最悪、その妖精王にリリアさんが囚われる可能性もありますし」

「絶対に許せないじゃん」

「最低じゃん」


 会ってもいない相手に散々な言い草である。しかしそれを否定しないリリアもおそらく同じような事態を想定しているのだろう、困ったように微笑むだけであった。


「かといってこのまま戦闘が出来ない民間人を連れたまま妖精の森をうろつくのは得策ではありません」

「じゃあ、あたしたちだけ離脱するよ。もともとリリアはうちのチームだ。リリアのことはあたしたちが責任を持つ。護衛任務を手伝えないのは申し訳ないけど、そもそもあたしたちのせいで支障が出るなら離脱したほうがいい」


 コトハもそれでいいだろ、とヒューノが確認すれば、もちろん! とコトハが頷いた。


「貴女方の実力の高さは分かっています。しかし、それでも3人で行かれるのは危険です」

「でも村人たちを連れて行くのはもっと危険だ」

「えぇ。ですから私も行きます」

「……は?」


 一瞬ヒューノたちが固まった。


「私も、行きます」

「……はぁ!?」


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