第1話 転進
「ところで聖女様。今はハレノクニと学都で避難民の受け入れをしてくれているって話だったけど、どっちに向かうつもりだったの?」
今は魔物の脅威も去ったから、と一斉に移動する前の小休止の時間。みな思い思いの場所に座り込んで休息をとっている。
ディアナも村人たちから少し離れた木陰に座って休息をとっていると、村人たちを守っていた有志部隊の三人娘、リリアとヒューノ、コトハたちが近づいてきた。
「そうですね、今のうちに少し情報共有をしておきましょうか。私の副官を呼んできますので有志部隊の皆さんに集まるよう伝えていただけますか?」
「はいはーい。すぐに呼んでくるねぇ」
コトハと名乗っていた緋色の髪を二つに分けて三つ編みにし、くるりと輪っかを作るように結んだ少女が元気よく駆けて行った。
「コトハは元気だねぇ」
「私は少し休みたいです……」
ヒューノという群青色のショートヘアの少女とリリアという深緑の長い髪の少女はこの場に残るようだ。
「では私も少し失礼いたしますね」
ディアナもヒューノとリリアに一言声をかけた後、その場を離れて副官を呼びに行った。少し離れた場所でほかの部隊員と談笑していた副官を見つけると、彼を伴って再びヒューノたちのもとへと戻った。
すでにコトハは戻っており、ディアナたちが最後だったようだ。
「全員揃いましたね。まずは民間人たちをここまで守ってくださった有志の皆様に感謝を」
そこでいったん言葉を区切り、有志部隊の面々に向けて副官とともに深く頭を下げる。
「いや、俺たちもたまたま近くにいた民間人を見捨てられなかっただけだ」
「いえ、皆さまが優秀だったからこそここまで守り切ることができたのでしょう。そしてこれからの護衛にもご協力いただけるとのことで、感謝申し上げます。その恩義に報いるため、我々からもできる限りの援助をさせていただきます」
「まあ、具体的には薬なんかの消耗品の支給、武器の手入れとかだな」
これまでギリギリの戦いを強いられてきたのだろう、有志部隊の面々の顔がぱあっと輝いた。
「しかし、消耗品は魔導士団でも必要なはずだろ? あたしたちにまで支給する余裕なんてないはずじゃ」
「そのあたりはハレノクニ、学都にそれぞれ避難した民衆たちが生産を請け負ってくれています。そのため少しだけなら余裕があるのです」
「なるほど、守られているほうも守られているだけじゃない、ってことですね」
首肯して、手元に簡易な地図を広げる。
「現在地はここ、エルフの里の南西よりです。このまま進めば妖精の森へと迷い込むところでした。戦闘能力がある私たちならともかく、民間人には危険です。東へ迂回し、ハレノクニを目指します」
「まあ、妥当だろうな」
「強力な魔物は聖都付近に多く、ここまで離れてしまえばそれほど脅威となる魔物はいないはずです。あと少し、頑張りましょう」
その後簡単な指揮系統の確認、陣形と人員配置について相談をしたあと一度解散とした。各々準備を進め、必要なものを申告してもらうことになっている。
ディアナも装備や荷物の確認をしたが、消耗しているのは自身の魔力くらいで特に補充するものもない。
最後に漆黒の杖に軽く魔力を流して確認したあと、出発の合図をするために立ち上がった。
「それでは皆さま、これよりハレノクニを目指して出発いたします。現在私たちがいるのはエルフの里南西。東に向かってそれなりの日数を進む必要があります。しかし我々聖都魔導士団第一聖魔導士部隊と有志部隊の方々が護衛を務めさせていただきます。魔物など敵ではありません」
だから安心して前に進むことだけを考えてください、と締めくくればおう、と力強い歓声が返ってくる。余裕がありそうな様子に安心する。これならばきっと無事ハレノクニまでたどり着くことができるだろう。
「では、出発!!」
号令をかけ、前進を始める。第一魔導士部隊も有志部隊も打ち合わせ通りの配置につき、村人たちが遅れることのないよう気にかけながら進んでいる。
プロであるディアナたちは当然として、有志部隊の面々もしっかりと役割を果たしている。良い意味で予想が裏切られた、とディアナは胸を撫でおろした。
これだけの命を預かる身である。不安の種は少ないほうがいい。
「筆頭」
「あぁ、ルークね。どうしたの?」
一団の先頭を進むディアナのもとに、副官のルークが近づいてきた。ディアナよりもかなり年上の生真面目なこの副官をディアナはとても頼りにしていた。
「筆頭は補給物資をなにも申告していなかったようなので大丈夫でしょうかと」
「あぁ、それなら私は攻撃も回復も水だって自分の魔力で賄えることは知っているでしょ。それに空間魔法だって使えるから食料だってちゃんと持ってるし……」
「それは知っていますが、補給担当がとても心配していましたよ。貴女は"聖女様"なんですから」
「聖女様、ね。分かったわ、あとで担当官にはフォロー入れておくわ」
「そうしてください」
それだけ言うと、副官はディアナのもとを離れて他班の様子を見に行ったようだ。彼はいつもそうして部隊の円滑な行動をサポートしてくれている。
「聖女様、ね」
そんな彼が離れた後のディアナの小さな呟きには誰も気が付くことはなかった。
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