第0話 邂逅
――その出会いは鮮烈だった。
「撤退! 急げ!!」
「あたしたちが時間をかせぐ! 退け!! 巻き込まれるなよ!!」
「詠唱時間確保します。コトハ、行きますよ」
村を放棄したのはいつだったか。撤退に撤退を重ね、逃げるたびに増えていく村人も、有志部隊ももうぼろぼろだ。
「"水よ、集まりて我らに
「ただの水魔法の詠唱に聞こえるのに毒入りとか反則だよねぇ」
「その反則に助けられているのは私たちです。私たちも退きますよ」
「はいはーい」
突如湧き出た魔物たちが人々を襲い始めて1週間。
その魔物の発生地が大陸の中心にある聖都のあたりらしく、人々はどんどん辺境へと逃げまどっているのが現状だ。
「!? なに!?」
先に逃げたはずの村人たちの方からどん、という爆発音が聞こえた。
「まずい。戦闘が出来るのは私たちともう1チームだけ」
「急いで合流するよ」
――圧倒的な魔力。威圧。存在感。敵味方関係なくひれ伏してしまいそうな。
速度を上げて必死に走る。
前方に戦闘出来るチームが魔物に応戦している姿が見えた。
実力があるという噂通り、危なげなく切り捨てている姿にほっとしたのも束の間。
「避けろ!!」
「ぐっっ」
辛うじて急所は避けたようだが、背後からの直撃を受けて一人吹っ飛ばされた。
すぐさま別のメンバーが援護に入るが魔物の数が多すぎる。
「まずい、飲み込まれる。間に合えっ」
――その後姿がとても大きく見えた。
あと数メートル、間に合わない。
切り裂かれる。
「……えっ?」
「なんですか、今の」
「おんな、のこ……?」
一瞬で視界が光に飲み込まれた、と思った瞬間。
魔物と人々の間に立ちはだかった存在。それはどう見ても少女にしか見えない。
しかし、そこから溢れ出す魔力の残滓は尋常ではない。
「"廻り、廻り、あるべきものはあるべき場所へ。輪廻の環へ"≪聖女の慈愛≫」
一瞬にして膨大な数の魔物を消滅させると、少女はくるりとこちらを向いた。
その瞳には悲しげな、しかしどこか虚ろ気な色が滲んでいた。
「……怪我人がいるのね。遅くなってごめんなさい」
金色に輝く長い髪を濃密な魔力にたなびかせ、憂いを帯びた瞳を伏せた少女には不似合いなほどおぞましい気を放つ真っ黒な杖を構えた。
「"愛しい子らよ。護り、癒しを得てふたたび歩め"≪聖者の行進≫」
戦闘員、非戦闘員の区別なく一団の足元に魔法陣が伸びた。と、次の瞬間には人々は淡い光に包まれ、瞬く間に傷が癒された。
「……すごい。この数を一瞬で」
「これほどの規模の魔法をこの速度で発動させるとかどんなバケモノ……」
「あなたのぶっ壊れ性能には言われたくないと思います。しかしこの魔力は」
呆然とする人々に歩み寄ってきた少女はゆっくりと礼をした。
「救援、大変遅くなり申し訳ございません。わたくしは聖都魔導士団第一聖魔導士部隊筆頭魔導士、ディアナと申します。皆さまには聖女、とご紹介したほうが分かりやすいでしょうか」
そう言って顔をあげた聖女様は、慈愛の微笑みを浮かべていた。
「ここまで逃げてこれたということはとても優秀な方が率いていらっしゃるのですね。おそらく救援が必要な部隊はあなた方で最後です。ご無事で何よりです」
綺麗なお辞儀をする少女。先ほどまで魔物と対峙していたというのに場違いなほど優雅な空気が漂っている。
あぁ、助かったのか。
誰かがぽつりとこぼした言葉がすぐさま人々の間を伝播し、それはやがて歓声へと変わった。
「なんだよ、ここまで逃げてくる必要なかったじゃん」
「それは結果論です。私たちは最善を尽くしましたよ」
「無事で何より、だよねぇ。結果オーライ!」
ほっとしてその場にへたり込んだ三人組に、聖女様が微笑みを浮かべたまま近づいてきた。
「この一団を守ってきたのはあなた方ですね」
「あたしたちだけじゃない。あっちのチームの貢献も大きい」
「ご謙遜を。あなた方の実力が高いことは見れば分かります」
くすくすと笑う少女とは対照的に、あなたには言われたくない、と 嫌そうな顔をする三人組。
何が面白いのか一人でくすくすと笑い続けていた聖女様だったが、満足がいったのかようやく笑いを引っ込めると今度は対照的にまじめな表情を作った。
「その実力の高さを見込んで我々から依頼があります。我々聖都魔導士団には戦闘能力を持たない民衆を安全な場所まで護衛する義務があります。しかしその安全な場所を確保するために人手がかなり割かれているのが現状です」
聞けば三大都市のうち聖都を除く≪ハレノクニ≫と≪学都≫では避難民の受け入れをしており、その両方に聖都魔導士団の人員が割かれているという。
大陸最強と言われる聖都魔導士団の人員の大部分が護衛に割かれているというのだから今回の魔物大量発生の規模の大きさがうかがえる。そもそも大陸最強の部隊を抱える聖都が魔物の発生地点となっている時点で絶望的だ。
「お恥ずかしながら、我々だけでこれだけの人々を守りながら進むのは困難です。だからあなた方のように腕の立つ方々にはぜひ協力をお願いしたいのです」
お願いします、と頭を下げる聖女様に三人組は顔を見合わせる。
「頭を上げてください、聖女様」
「そもそもあたしたちは成り行きとはいえ守りながら逃げるつもりだったんだ」
「逃げる先が分かっただけでも先行きは明るいよねぇ。むしろ聖女様の戦闘力が加わって万事解決、って感じじゃない?」
――この出会いは運命だったのか。
「私はリリアです」
「あたしはヒューノ」
「コトハだよ」
よろしく、と差し出された三つの手を見て聖女ディアナは一瞬きょとんと目を瞬かせる。それから、ふわりと頬をほころばせた。
「こちらこそよろしくお願いいたします、皆さま」
――それとも、惨劇の始まりだったのか。
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