それでも魔女は毒を飲む。

雨宮r

牡丹一華

「できたね。」


 彼女は魔女だ。


 ……いや、言いたいことはわかっている。現代に魔女など存在しうるはずがないと。確かに、魔女は表舞台から消え去った。15世紀の半ばから18世紀にかけて行われた魔女狩りによって、徐々にしかし確実に魔女の存在は否定されていった。魔女狩りにおいては男性であっても魔女の疑いがあるとされ、魔女狩りで死刑となったものの中には男性もいたらしい。しかし魔女というものは女性であることが絶対の条件だった。体も心も混じりけない女性である必要があるそうだ。つまるところ彼女もまあそういうわけなんだが、魔女狩りにおいてはその魔女ではない人間も多数処刑されていった。魔女ではない人間も巻き込みながら確実に魔女はいなくなっていた。魔女狩りは成功して魔女はいなくなった。


 ……え?じゃあ彼女はなんなんだって?だから魔女だよ。正真正銘の魔女。今は何か薬品を作っていたみたいだけど。………ああもう、うるさいな。18世紀の時点ではいなくなった。それは確実。だけど魔女の性質は遺伝性じゃないんだ。血筋とは関係なく突発的に起こる。何の前触れもなく。それに気が付かずに死んでいく運のいい女性もたくさんいるみたいだけど。


 というわけで、彼女もたまたま偶然魔女の素質を開花させた少女だということだ。彼女が魔女の力に目覚めたのは思春期の真っ最中、中学1年生の夏。原因は好きな男の子と海に行ったとき(二人っきりではなく何人かのグループで行ったみたいだけど)。片思い中だった彼がおぼれて沖に流されてしまった。彼を助けたいという思いで必死に泳いで彼のもとまで向かった。普通なら女の子が同年代の男の子を、それもおぼれている子を担いで戻るなんてできっこないし、本来ならミイラ取りがミイラになってしまうような感じでもれなくおぼれてしまうものだ。ライフセーバーの方にお任せしてしまったほうがいいような案件なのだが、奇跡的に魔女の力がめざめて水中でも陸上と何ら変わりなく、軽々と助け出せてしまった。もちろんライフセーバーの方からはお説教を食らってしまったわけだが…。






 魔女の力に目覚めた彼女も、今は中学三年生だ。卒業間近に迫っているわけだが……。ところで、彼女は最初に何か作っていた。途中僕が薬品だとは教えたけれど果たして彼女は何を作っていると思う?……正解は毒だ。もちろん彼女は毒物を作っているつもりはない。だが、この世界に有害でないものなんてない。摂取量によって毒にも薬にもなる。毒とはそういうものだ。


 彼女は中学三年生になったばかりの春、彼に告白をしようと思った。いくら待っても思いに気づいてもらえないと感じていたからだ。告白をしようとタイミングをうかがっていると一つの事実に気が付いてしまう。彼には彼女がいるということに、だ。しかも、溺愛しているみたいだった。魔女であるこの子の入る隙もないくらいに。どうして気が付かなかったのかといわれると、彼がうまくやっていたといえるだろう。彼女らが通う中学校は今どき珍しく、不純異性交遊と言われるいわゆるお付き合い、というものが禁止されていた。しかも、密告なんて言う思春期の子供の精神衛生上は全くよろしくない、先生が管理しやすくなるためだけのシステムもあった。だから、彼も友人で会ってもばれるわけにはいかなかったという事情がある。それでも好きだったら気づけよ、と思ってしまうのなら彼女が間抜けだったと思えばいい。恋に盲目的で周りが見えなくなっているのだろう。現在進行形だ。







 思春期の女の子が間接的にとはいえフラれたんだ。毒薬を作っていると聞いて穏やかじゃないと感じる人もいるだろう。その毒薬は片思いをしていた男の子に飲ますのか、それともその彼女に飲ますのか、はたまた自分自身で飲んで自殺をすることが目的か。いろいろと想像ができてしまう。だが、安心してほしい。毒薬によってもたらされるものは確かに苦痛だが、それは死が伴うものではない。




 彼女が作っているのはモテ薬だ。意中の彼を手にするために、自分が飲むつもりらしい。ただし、このモテ薬は効果が強力だ。世界中の異性を引き付けてしまう。彼女は人類史にとって毒薬のような存在となるだろう。



 それでも魔女は毒を飲む。彼の心を手にするために。

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それでも魔女は毒を飲む。 雨宮r @amemiyar

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