第9話 生まれ落ちる災厄
「俺がクロードさん達と別れたのは、この辺りです」
はっきりと見覚えのある場所に到着し、アルは言った。
アル達の行軍は、予想よりも遥かに早く進んだ。その最大の功労者がシィであることは、間違いなかった。この場でクロード達と別れ、一人瘴気と魔物の満ちる森を怯えながら進んだアルには、その時との違いが明確に理解できてしまうからだ。
「誰も、いませんね……」
セレナが低い声で言った。
「いえ。別れたのはここですが、クロードさん達はまだ先に進んだはずです。元々、目的地に設定していた場所が、もう少し先にあります」
「そうなんですね。じゃあ、そちらに向かいましょう」
「はい」
アルはシィを見て、一つ頷いた。シィもまた頷き返して、再度先を歩き始める。
そうして、ほんの少し進んだところで、シィは前方を指差した。
「アル。向こうに、戦った跡がある」
「行ってみよう」
シィが指差す方角に進み、アルはその場を確認する。
強く踏み込んだことで残された深い足跡。武器ごと叩きつけたのか、木の幹に刻まれた傷痕。瘴気か魔物を焼いたと思われる、魔法の焼け跡。確かにそこには、戦いが起きた複数の痕跡が残されていた。
アルは更に、何が残されていないか周囲へと目を向けた。すると、そこから先――クロード達が進んで行った、本来の目的地側にもそうした痕跡が残っているのを見つけた。それは、先にもまだ点々と続いている。
「……先にいるのは間違いない。進もう」
アルは確信し、足を早める。そうして、痕跡を目印に三人は進んだ。
「アル。先から、音が聞こえる」
シィが再び、前方を指差した。アルは意識を集中させて耳を傾ける。
「――――――、――――、――、――――」
何かの音を、耳が捉えた。はっきりとそれが何かまでは掴めない。だが、予想はできる。この場において、人は自分達を除けば、三人しかいないはずなのだから。
「急ごう!」
アルは駆け出す。シィとセレナもまた、同じように駆け出した。
最早、自分達が魔物に襲われるということは考慮していなかった。進む方向は、既に駆除された跡だと分かっていたからだ。そしてそれ以上に、遠くまで音が響くような状況が何を表しているのか、ここまでいくつもの痕跡を見てきたアル達にとって、考えるまでもなかったからだ。
でこぼこながらも少しずつ登っていく傾斜を超えるように、山道を三人は走った。次第に音は大きくなってくる。
もうすぐ、予定していた目的地だと、アルは頭の中で照らし合わせる。そこは、山の中では珍しく平らで開けた場所になっていたはずだ。この坂を登り切れば、一気に視界が開けるはずだ。
音はもう壮絶なまでに響き渡っていた。不気味な叫び声。金切り声。聞きなれた人の怒声。鈍く、何かを叩きつけるような音。戦いの音。
アルの抱いていたそれらの予想は、どちらも的中していた。
「…………」
その凄絶さが、予想をはるかに超えていたことを除けば、であったが。
アルが予定していた目的地は、山の中腹以降にあって非常に使いやすく、ベースキャンプを行うには丁度いい場所だった。実際、アルも山に足を踏み入れる際には、よく休憩や中継地点として利用していた。何より、周囲の木々が少なく遮るものがないため、景色がいいこともその理由の一つだった。
だが、今そこにある光景は、遠くに禍々しい黒い霧が立ち込め、その手前で目を覆いたくなるほど無数の魔物が冒険者に襲い掛かっているという、地獄のようなものであった。
アルはそれを目にして、思わず息が詰まった。
忘れかけていた――麻痺していた恐怖が再び蘇ってくる。
まるで戦争だ。ここに至るまで、目にしてきた魔物の数とは比較にならない。
それらは生まれたばかりで未熟なのか、どうにか人型を作っただけのような粗雑な形をした、子供程度の大きさであった。動きもどこか鈍さがあった。そのため、クロードの剣一振りであっさりと打ち倒される。だが、キリがない。戦場の奥に広がる、どす黒い霧から絶え間なく補充されてくる。命をただ奪おうと、冒険者達へと向かっていく。幸いなことは、それらがアル達にはまだ気づいていないことであった。故に、アルはただの傍観者と化している。いつか訪れる、死のカウントダウンをするだけの存在に、なろうとしている。
「――! アル!」
袖を引かれ、耳元で叫ぶように呼びかけられた声で、アルは意識の焦点が合う。声の主を確かめる。シィだ。彼女はアルの袖をそのまま引き、後ろへと下がらせようとする。
「アルさん。シィさん。助けに入りましょう!」
続けて、セレナもまた叫ぶようにして言った。手には、瘴気を打ち払うためのマナ結晶が握られている。
「あの数は危険です。普通に戦っていてはジリ貧で押されてしまいます。ですので、私は奥の瘴気を可能なだけ払います。シィさんやアルさんは、彼らを手助けしてください。そこで、一度引きましょう」
「あ……」
「アルさん!? しっかりしてください!」
呆然とするアルに、セレナは焦りを浮かべるように声を投げつける。
「アル! しっかり、して。戦えそうにないなら、下がってても、いい」
袖から、アルの手首へとシィは掴みなおした。
シィの体温が、脈に乗って伝わってくる。
少しだけ、アルは冷静さを取り戻した。
「――だい、じょうぶ。だいじょうぶ。大丈夫……。うん、大丈夫、だ。行けます。行ける。大丈夫」
自分に言い聞かせる。
ここでシィやセレナに任せてしまう。そうしたとしても、結局は何も変わらない。あの魔物が残る自分へ向いてこないとも、限らないのだ。ここで自分にできるのは、剣を取り、戦うことを選択することだけだ。
アルは息を吐き、優しく添えられていたシィの手を、同じだけの力で優しく剥がすと、震える手で腰から剣を抜いた。そして、一歩前に出る。
「大丈夫です。行きましょう」
「……分かりました。魔物も、冒険者の方もまだこちらには気づいていないようです。急ぎたいのは当然ですが、タイミングを計りましょう。闇雲に突撃しても、場をかき乱すだけです。シィさん」
呼びかけられて、シィがセレナを見やる。
「タイミングはシィさんが見てください。それに合わせて、私たちも追って出ます」
「分かった」
「その前に。強化の魔法をかけておきます。――〈ル・エス・フィジク〉」
アルとシィへそれぞれ手を伸ばすと、短く言葉を切る様にセレナは魔法を唱えた。身体を何かが駆け巡るような感覚。魔法をかけて貰うのは二度目であることから、効果が得られたとしっかりした実感がある。
「――――――今。出る」
そこから数舜。
シィは短くそう告げると、矢のように最後の傾斜を跳び越えるようにして飛び出た。アルとセレナもそれに追従する。
戦場に新たに現れた存在に、即座に誰もが意識を向けた。
「なっ――――シィちゃんに、アル!」
気づいたクロードが魔物へ剣の一撃を見舞えた後で、叫んだ。それに応えるのは、長い距離をゼロにするかのようにして、その木剣を音もなく振り抜いたシィの一撃だった。魔物の体が砕け、中空で霧散する。シィはそれでも止まらない。一歩、確殺。新たに現れた標的として向かってくる魔物達の群れを、一つずつそぎ落としていくようにして削っていく。
あまりにも無駄のないそれは、死の匂いが満ちるこの戦場にあって、華麗とさえアルは思うほどだった。しかし、見蕩れているわけにもいかない。気を抜けば止めてしまいそうな足を無理やり動かし、アルは前に進む。
「クロードさん!」
向かってきた魔物に対し剣を振るい、それを誤魔化すようにアルは叫んだ。
「戻ってきたのか! この馬鹿! くそ、危ねえってのに、よくもっ。……だが、助かる!」
クロードもまた剣を振るっては寄ってくる魔物を打ち払う。
アルはそこでようやく気が付いた。その背後に、残り二人の仲間がいることに。
「レインさん! グレアーさん! 怪我したんですか!?」
「怪我をしたのはレインだ! グレアーにはレインを守ってもらってる」
「大丈夫っス! 大丈夫っスけど、そろそろ限界っス!」
グレアーはレインに張り付くようにして、剣を振りながら叫んだ。守られているレインは地面に膝と手を付くようにして、座り込んでいる。片方の手で腹部を押さえていることから、そこに傷を負ったのだろうと予想ができた。
アルは察する。
クロード達、熟練の冒険者がわざわざ危険のある場所に留まっている理由に。
初めは、魔物退治の仕事を優先させるために、可能な限り滞在しているのかと思っていた。しかし、それも命の危機を覚えるほどの場面で優先するようなものではない。
留まる必要が――逃げるに逃げられない理由があったから、留まらざるを得なかったのだ。
「〈ラ・ブラス〉! アルさん! あの方の救助が最優先です。そうしなければ、離脱できません!」
セレナもまた、それに気づいたようだった。炎を生み出す魔法で魔物を弾き飛ばし、そう叫ぶ。
「アルさんは、救助に向かってください! 私は、奥の瘴気を対処します!」
「わたしが、道を開く」
「分かった!」
シィは言葉通り、レインたちとの間に現れてくる魔物を蹴散らしていく。意図に気づいたのか、クロードもまた、それを援護するように魔物に剣をお見舞いしていく。
「――――ッ!」
作られた空間を、アルは駆ける。強化魔法が乗っていることもあり、アルは今までにない速度で走った。途中、シィやクロードを避けた魔物がアルに向かってくる。だが、アルはそれを、咄嗟に出た剣の一振りで撃退する。
「レインさん! 大丈夫ですか!?」
滑り込むようにして、アルはレインとグレアーの元へ辿り着いた。
「……アルくん。助かるわ。ごめんなさいね、迷惑かけちゃって。しくじっちゃった」
アルはレインの押さえていた腹部を確かめる。そこには血が流れたように、服と部分鎧に跡ができていた。
「一応、応急処置はしてあるっス。ただ、本当に応急処置で――」
「……おなかの中のダメージまでは、治せてない、ってところ」
襲い掛かってきた魔物に向かうグレアーの言葉を引き継いで、レインが言う。
「大丈夫、なんですか?」
「大丈夫……と言いたいところだけどね。内臓が少しやられてるみたいで、あんまり自分じゃ動けないわ。少しずつ……魔法も使っているんだけど、集中できてないせいか……効果もあんまり……うぅっ」
「すみません。喋らせちゃって」
アルは周囲を確認する。
戦況そのものは変わっていないようだった。未だ霧の中から魔物は無数に沸き、クロードとシィが排除し続けている。
「セレナさん! 瘴気の対処はできますか!?」
「今からやります!」
その言葉が示すよう、セレナは複数のマナ結晶を戦場の頭を超えて、奥に広がる瘴気の霧に向かって投擲した。放物線を描き、それらは霧の中に吸い込まれていく。次の瞬間、炸裂音が響き、周囲に光が溢れた。それは一瞬で収まると、霧が一部消し飛んだ空間が姿を現した。
「おいおい、なんだよそれ! いいもん持ってるじゃねえか!」
「セレナさんの瘴気払いのマナ結晶です! あれで、瘴気を抑えて、一旦引こう!」
驚きの声を上げたクロードに、アルが返す。それでクロードは理解をしたようだった。
「分かった。瘴気が収まれば、確かに離脱できる。頼んだぜ姉ちゃん! ついでにアルとシィちゃんも!」
言葉に合わせて気合を込めるよう、クロードは剣を大きく振った。その一撃で、複数の魔物が崩れ去る。シィもまた、変わらずに魔物を次々に屠っていく。グレアーはアルがレインのサポートに入ったためか、魔物との戦闘に集中できるようになっているようだった。
「レインさん。肩を貸します。タイミングを計って、ここから離脱します。動けますか?」
魔物を半ばグレアーに任せるようにして払い除け、アルは座り込んだままのレインに声をかける。
「……うん。大丈夫。さっきの間に、もう一度治癒魔法を使っておいたわ。少しは動けるようになっているはず」
「分かりました。セレナさんが済み次第、動きます」
「ええ……分かったわ。そうだ、アルくん。これ、使えるかしら」
レインは腹部を抑えていた手を外し、腰のポーチを漁ると、そこから取り出したものをアルに渡した。
「これは……」
「あの子、マナ結晶を、投げているんでしょう?」
それはマナの結晶体であった。小さく、小石程度の大きさ。セレナが用いるものとほぼ同じだったが、色は透明の中に薄い赤色が混じっているところが違っている。それが簡単に数えて十個ほどあった。
「これは、火の属性を持っているから、ちょっと違うかもしれないけれど……うぅ」
口を開くことが辛いのか、レインは身を屈めて再び腹部を手で押さえた。
「ありがとうございます。使えそうなら、使ってみます」
アルはマナ結晶を握りこむ。そして、視線を巡らせてセレナの姿を探す。
「セレナさん! 状況はどうですか!?」
「やってます! ですが! 瘴気が濃すぎます! 消滅させても、どんどん広がってきて! こっちもキリがありません!」
「セレナさん、これ! 使えますか!?」
アルはレインから手渡されたマナ結晶を掲げる。セレナは確認しようと目を向ける。その隙を逃さず、魔物が寄ってくるものの、同じく獲物を前に油断を示す魔物をシィは見逃さず、木剣で薙ぎ払う。そうしてセレナは改めてアルのそれへと目を向けた。
「マナ結晶――――火の属性結晶ですね! 術式が付与されているわけではないですし、属性指向性があるので直接マナの自浄作用を期待できるほど効果はありませんが、こちらのマナ結晶に合わせて使えば連鎖反応で拡散性が見込めると思いますので、使えないわけではないです!」
「結局、どうなんですか!?」
「ないよりマシです!」
やけくそ気味に叫んだセレナにアルは頷く。
「じゃあ、セレナさんに合わせて投げます!」
「分かりました!」
「シィ! セレナさんのサポートをして!」
「――分かった」
シィが意識をセレナに向けたのを、アルは感じ取った。セレナの近くに寄る魔物は残さず打ち倒す。その意思が目に見えそうな感覚。素人目に感じられるほど、シィの間合いが可視化されているようだった。
その成果もあり、次第にセレナの周囲に空間ができていく。
「特大の、行きます――――!」
「っ!」
石というよりは、お手玉ほどの大きさのマナ結晶を、セレナは握っていた。大きく振りかぶって、投擲する。
アルは既に投げる態勢に入っていた。動作の途中で、その方向と距離を予測する。そして、セレナのそれより勢いよく、追いつかんとするように、赤いマナ結晶は投擲された。
「伏せて!」
セレナが短く叫ぶ。反射的に、アルはそれに従い屈むと、座り込んだままのレインをかばうように寄り添う。
次の瞬間。光が瞬くと、炸裂音とは違う、爆発音が響いた。
音に伴って、衝撃が伝播する。レインを支えていたはずのアルも、その強さに二人まとめて転げてしまう。
「くっ……みんな!」
衝撃が収まるのを待たず、アルは無理やり顔を上げる。この隙を魔物に狙われては、全滅も必至だからだ。しかし、そうはなりそうになかった。
当然と言えば当然。あれだけ強い衝撃が放たれた以上、影響を受けるのはアル達だけでなく、魔物達も同じだった。無数に湧き出ていた魔物は衝撃に吹き飛ばされ、四方に転がっていた。身構えることもできず、ダメージも大きかったのだろう。そのまま起き上がってきそうにない個体もいくつかあった。結果、戦場だったはずの空間は、比較的穏やかさに満ちていた。
シィやクロード、グレアーにセレナ、アルはそれぞれを確認する。彼らはセレナの叫びが功を奏したのか、多少は衝撃の影響を受けて地面に身体を付いてはいたようだったが、魔物ほどのダメージは受けていないようだった。
「なんだってんだ……」
立ち上がりながら、クロードがぼやく。シィやセレナ、グレアーもそれぞれ態勢を整えつつあった。
「クロードさん! 今のうちに!」
「ああ、分かってるよ。くそ、アルに指示されるたぁな。こっからは俺が仕切る! レイン、グレアー! 今がチャンスだ。引くぞ! アルはレインに手を貸してやってくれ。シィちゃんは周囲に警戒をそのまましてくれ。そこの眼鏡の姉ちゃんは――」
「あ……」
クロードがセレナに向かって指示を出そうとして、口が閉じられた。アルもまた、同じ気持ちだった。セレナの表情は、驚愕に目を開いていたからだ。
そしてその視線が向けられる先をみて、同じように驚愕する他なかった。
そこは、先ほどセレナとアルがマナ結晶を投擲した場所だった。大きな衝撃が走ったことを示すように、爆発の中心点からは木々が放射状に倒れかけていた。確認できるほどに、視界は開けていた。
しかし、それは同時に、隠されていた深奥部分が露わになったことを示していた。
「なんだ、あれ……」
漆黒。
一言で形容するなら、そうとしか言いようがない。瘴気の持つ黒さを煮詰めたような、不気味な黒に塗られた森の一部分が、そこにあった。
そこで、アルは悟った。
なぜ、あれほどに瘴気が広がり続け、魔物が増え続けたのか。
単純な話である。水が高い場所から低い場所へ流れていくようなもの。濃すぎる瘴気が存在していたからだ。そして、それが、あの場所であるというだけの話だ。
単純な結論とは裏腹に、アルの背筋は冷たい。あれが、見るからに良くないものだと、肌が感じていた。
瘴気――と形容できるかも怪しい。漆黒の空間は、渦巻いているようだった。周囲に瘴気を漏らしながらも、周囲から瘴気を吸い集めているようだった。
その観察が正しかったとするように、その空間の下には、アルも見たことのある瘴気の沈殿によって生まれた泥が広がりつつあった。
「――――アル!」
誰もが言葉を失いかけていた中、シィが声を張り上げた。それに引かれるようにして、アルもまた僅かに冷静さを取り戻しかける。
「早く、逃げよう」
「ああ――――」
駆け寄ってきたシィの言葉に、アルは頷こうとした。だが、最後にそれを、目にしてしまった。
言葉が止まる。息が詰まる。
理解してしまった。
「あれ、は……」
魔物は、濃い瘴気やそれが形を変えた泥から生まれる。ならば、あれほどの濃い瘴気と、洪水のように広がりを見せる泥からは、何が生まれるのか。
いや。何が、というのは問題ではない。
――何かが生まれてしまう。
どうあっても導き出されてしまうその事実こそが、何よりも問題だったからだ。
深い漆黒の中にあって尚深い黒が、蠢いた。霧が揺れ、中から巨大な木の幹ほどの太さをした何かが現れる。泥を塗りたくったような、不揃いのそれは、自らがまだ体の構成途中であることを示すように、泥を垂らしている。地面へと広がったそれは、周囲の木々や、爆発の衝撃で転がっていた魔物をも見境なく飲み込んでいく。そうして、少しずつ霧の中から姿を現していく。
「――こいつぁ……」
「信じられません……」
「あり得ないっス……」
「悪い、夢みたいね……」
「――アル」
口々に、みんなが言葉を漏らす。
「――――」
その瞬間、アルは言葉を失っていた。
明確な姿を持った『死』に、動けなくなっていた。
霧の中から姿を現した――否、霧を全て呑み込むようにして生まれ出たそれは、木々の背丈に届かんとするほどの巨大な姿をしていた。地面に付いた四本の脚それぞれが、丸太を数本重ねたような太さをしている。身体全体からは泥を垂れ流し、周囲を溶かし飲み込んでしまう泥の湖を広げている。歪な頭と、虚ろな目鼻口を持つ顔は、泥によって形を変えながらも存在していた。子供が粘土で造形したような歪さでありながら、自らがまるで一つの生物であることを示すように。まるで、巨大な四足獣であることを、示すように。
それは、魔物というには、あまりにも大きさも姿も違っていた。それが放つ、濃厚な死の香りすらも、違っていた。
だから、アルは呟いてしまっていた。
英雄譚に現れる、強大な魔物の存在を思い出しながら。
「――――魔獣」
そして、災厄は生まれ落ちた。
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