第3章

季節が春に移り変わり始め、少しづづ温かくなってきていたある日、僕はいつものようにコーヒーの香りに包まれながら働いていた。カフェにはあの彼女の姿があった。今日はいつもはころころと変わる表情が、まったく変わらない。ただずっと暗い表情である。どうしたのかな、と僕は心配になった。声をかけてしまいたくなった。

「よしっ!」

と意を決して彼女の座る席に向かう。その瞬間、彼女のスマホが鳴った。

「もしもし、はい、お疲れ様です、鈴木です。…ええ、今は、はい。先生の研究を基に、どうすればヒトの自己肯定感が上がるかを。結局、私が書けるのは自己啓発本のようなものになってしまうと思うんです。…はい。一応このまま進めてみようかとは…はい。わかりました、失礼します。」

そう言った彼女は電話を切り、荷物をまとめ始めた。最後にしまおうとしている手帳には「Kaede.S」の文字が。この人、スズキカエデさんっていうんだ。僕はこの名前に聞き覚えがあった。どこで聞いたんだっけ…わからないまま、そして彼女に声をかけれないまま、彼女は残っているアイスカフェラテを手にそそくさと帰ってしまった。

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