八十八 顔なめ

 人の血が半分流れております垢なめの係累には、行灯の油をなめるモノや岩の苔をなめるモノなどいろいろおります。

 そうした血筋に顔なめがおりまして、わたくしが存じおりの顔なめは、代々飴屋を営んでおりまして、嫁を取ったり婿を入れたりしながら世の中を渡って血を繋いでおります。

 ところが、そこに生まれました娘に入れた婿が女体を好んでなめる者でございまして、それでもう娘も夢中になって婿の顔を際限なくなめるようになりましたから、うっかりいたしますと明け方になって婿の目鼻が消えかかっていることもしばしばあるという話でございます。この目鼻が消えかかってもしばらくすると元に戻りますから、婿もまさか己の顔がそれほどなめられているとはまだ気づきませんが、

「このままではほんとうに婿の目や鼻がなめ尽くされて世間に我らのことが知られてしまう。それを娘にこんこんと説き聞かせて慎むように申しましても、婿が娘の身体を存分になめ始めると、もう抑えられなくなるということで、それなら婿に娘の身体をなめるのは少し控えてくれとも言えず、まあどうしたものかと……」

 と、その飴屋の女房から持ちかけられたことがありました。

 笑い事ではございません。

 わたくしも知恵を絞りまして、いっそ婿を離縁してはどうかと答えましたが、

「それも考えました。でも、娘が承知いたしません」

 とのことで、他にわたくしに妙案は浮かびませんでした。

 ところが、子供が生まれましたら娘は我が子の顔から身体からなめてかわいがるようになりまして、おかげで婿は目鼻を失わずに済んだそうでございます。けれども、それで今度は婿は娘に隠れて外に女を作ってしまったそうで、こうなってからまた飴屋の女房がわたくしを訪れまして、

「娘に知られないように何とかならないか」

 と困った顔を見せました。

 わたくしが婿の相手の女を調べてみましたら、その女の家には垢なめが住みつておりまして、そいつに一通り話しましたら、

「この家の女も我らの係累である。係累のことにお前らが口を挟むのはお門違いであろう」

 なめたように言いましたので、

「我らがなめられて黙っているようなモノではないことぐらい、わかっているだろう」

 わたくしがそう凄みますと垢なめは瞬時に逃げ去りました。

 それから数日して、友達と一晩酒を飲み明かした、と朝帰りの言い訳をした婿の顔から目鼻がすっかり失せておりましたから、娘が婿を叩き出して落着したそうでございます。

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