八十七 千里眼
千里眼と言われる女の下で身の回りの世話をしていたことがあります。
千里眼で、息子や娘の縁談の善し悪しを図ってくれという親や相性を観てほしいと訪れる若い男女、商いに迷って判断を請う者もあれば己の身の処し方を問う者もあります。
ただ、その中には、思うとおりの見立てでないことに腹を立てる者やうまくいかなかったことで逆恨みする者もおります。
あるとき、一人で訪れた娘が、親が勧める縁談は嫌だが、と言って今好き合っている男と駆け落ちしてでも所帯を持つほどの気はなくどうすればいいか迷っている、と判断を請いました。
千里眼の女はしばらく娘の顔を見つめて、
「このままでは、どちらを選んでも安寧は得られまい」
と一言口にするときは、今の己を観照せよ、ということですが、これが相手に伝わることはありません。
娘は不満を露に見料を投げていき、千里眼の見立てだと言って男を捨てると親の勧めに従ったそうですが、このときは、娘の男だと言う輩がここへ乗り込んできて騒動になり、その娘も一年も経ずに嫁ぎ先から離縁されたということでした。
またあるとき、頭巾をかぶった立派な身なりの武士が訪れて、
「このまま主家におっても先は知れているから、いっそ扶持を離れて道場を開こうと思うがどうか」
と尋ねました。
それには、
「大きな蛍がいくつも取り囲んでいる」
とだけ千里眼の女は言いました。
「さては、田舎にでも引き込めということか」
武士が怒りをにじませると、
「いずれを選ばれても、あなた様はやがて大きな蛍に囲まれる定めにあります」
千里眼の女は静かに答えました。
三年経って夜中にその武士がこちらに押し入って千里眼の女を人質に立てこもったときには、捕り方の提灯が蛍のように周囲を照らしておりました。
このときは私が男の刀を折って取り押さえましたので、千里眼の女に怪我はありませんでした。
けれども、明くる日から女は千里眼の看板を下ろしました。
「危ないから商いを畳むんじゃないよ。子供のころから人様の先行きが見通せたから成り行きでここまでやってきたけれど、やっぱり私も私が見えていなかったんだよ」
そう言った千里眼の女の噂を、その後耳にすることはありませんでした。
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