八十四 泥人形
暴れ馬を素手で捻り倒したことで私に仕官の誘いが舞い込むようになったのは、近々大いくさが始まるだろうとあちこちの武将が感じていたからでした。
手柄を立てれば褒美も出世も思うままよと、どこから訪れる使者も紋切り口上を述べました。けれども、私にその気はなくすべて断わっておりましたら、ある夜、何度か使者をよこしていた武将がみずから訪ねてきましたので、これまでと変わりなく断わりましたら、
「もしやすると、敵方に加勢する約定ができておるのではないか」
と疑念の言葉を投げつけてきました。
「そのようなことはない」
申しましたところ、武将はあきらめたように出ていきましたが、外に待たせていた家来どもに命じて火矢を射させます。
家の中から壁を崩して火を消しながら私が外に出ましたら、今度は鉄砲を向けます。火矢でも鉄砲でも私が倒されることはありませんが、さすがに正体を露にしてそやつらを叩きのめすわけにもいきません。
「待て待て、それほど我が力を欲するならば手を貸そう。支度を調えて三日後にはこちらから出向く」
言ってその場を収めましたが、元より己が出るつもりはありません。
夜になって私は懇意にしている泥人形師の家に言って私の泥人形を急いで作ってもらいました。
この泥人形師は、泥人形の兵卒を密かにどこかの武将に売っておりましたから、
「もしかしたら、わしの拵えた泥人形とお前が闘うかもしれんな。どっちが強いかな」
などと眼を輝かせて作り上げました。
私は身代わりの泥人形を送り出すと、しばらく泥人形師の家に身を隠しておりました。
やがていくさが始まって、私の家に火をかけた武将は敗走して行方が知れなくなったという噂が伝わってきましたから、私は家に帰りました。
ところが、その夜遅くにその武将が私を模した泥人形を連れて訪れました。
「わしを謀ったな」
そう言った武将の後ろにおります泥人形の顔は砕けて半分なくなっていました。
露見しては仕方ありません。私が逃げようと身構えましたら、泥人形を指さして、
「これでわしの影武者を作ってくれ」
と武将は言いました。
私がこの武将を連れていくと、泥人形師は喜んでその影武者を作りました。
それから武将は再起を果たし、一時は勢力を伸ばしはしましたけれど、最後のいくさに敗れて討たれたその首は、乾いて土に返ることはなかったそうです。
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