八十一 異床同夢
昔、博労をしていたという、顔の半分を見せない男が語った話である。
その博労は、所帯を持ってからはじめて馬市に出向いて家を空けた夜に夢を見た。
しきりに蛙が鳴く池を泳ぐ亀の甲羅に乗っている一匹の青蛙が、音もなく後をつけてきた黒い蛇に背後から襲われて呑み込まれる。
蛇は陸に上がって蛙の形をした腹が収まるまでじっと動かない。そこへ蛙を乗せていた亀がのっそりやってきたから蛇は鎌首をもたげたけれど、腹が膨れているから自在に這い回ることはできない。
その蛇のもたげた鎌首に亀が噛みついた。蛇は亀を振り放そうと鎌首を振り体をくねらせるが、一度喰いついた亀が獲物を逃がすはずはない。
そこへ猟師がやってきて、大きな石を投げつけた。石は亀の甲羅を割って亀は蛇の鎌首を喰いちぎった。
そこで目が覚める。
蛙も亀も蛇もそれぞれ吉夢とされている。しかし、蛙と亀と蛇が相互に傷つけ合う夢は、果たして吉夢と言えるのか……
博労は、三日続けて同じ夢を見た。
ただ、最初の晩は、己は石を投げた猟師であったように思い、二日目は亀であったように感じて起きたら背中を激しい痛みが襲った。同宿の博労仲間に見てもらったら、ひどい傷がついていた。それでも痛みを堪えて三日目の夜は、亀に喉を噛まれた蛇であったその証拠に、痛む喉を見たらやはり咬み傷がついていた。
博労は、ほんとうはもう少し稼いで妻に何か買って帰るつもりだった。けれども、こんな夢を三日も続けて見ては何だか落ちつかない。留守を守っている妻の身に何かあったのではないかと気になって仕方ないから、もう四日目には家に帰ることにした。
家に帰り着いたのは夜も遅く、寝ていた妻は灯をつけずに出迎えた。
妻は博労に、商売がうまくいかなかったのか、と聞いた。
博労は、そうではなく三日続けて見た夢が気になってとにかく急いで帰ってきたと言った。
すると、妻も同じ夢を続けて見たと言う。
ただ、最初はこの身は蛇であり喉には亀に噛まれた傷がある。二日目は亀であったようで背中に石を投げられた傷が残っている。博労と違うところは三日目に蛙になっていたことで……
そこで言葉を切った妻の顔に窓から月の光が射し込んで、蛇の腹の中で溶けかけた目鼻や口が白く浮かび上がった。
博労は、あっと声を上げて気を失って、朝日に目覚めたときには妻の姿はどこにも見えず、帰ってくることはなかったと言った。
ただ、そんな夢をまだ見ることがあって、顔から体から全身傷だらけになりました、と語って半顔を見せて笑った。
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