七十 鴉遣い
皆様と違いまして、じかにかかわった怪異談を私は持ち合わせておりませんので、聞いた話をいたします。
あるところに鴉を自在に遣う者があったそうです。
この御仁には鴉の言葉がわかるようで、鴉もその言わんとするところをよく解していたそうです。
ただ、それだけで鴉がこれに従うことはありません。鴉に餌をくれるのはもちろんですが、そこらの余り物をただ投げ与えるのではなく、どこからか死人を持ってきてその肉を存分に喰わせましたから、何十羽という鴉が集まったそうでございます。もちろん、餌をもらっておとなしく芸を仕込まれる鴉などおりません。
ところで、皆様はご存じないかもしれませんが、てんでばらばらに餌を探すように見えて、実は鴉の想念は一つにつながっておりますから、いずれの鴉も思うところが通じております。たとえば、一羽が餌を見つけますと他がこれに集まるというのは、それがためだそうでございます。
ですから、一羽が好物の死肉を与えられて与えた者と通じるようになれば、おのずと他の鴉にもそれが伝わります。そうなってはじめて鴉どもはこれを同類と認め、その意を汲むようになるそうです。ちなみに、そこまで鴉の信を得るためには、己も鴉とともに死肉を喰らわなければならないということでした。
そうして鴉遣いは百羽にも及ぶ鴉とともに、人の集まるところで芸を見せたそうです。
まず、鴉遣いが立った頭上、空いっぱいに鴉どもが飛びきたって、輪を描いていっせいに啼き声を上げます。それに人々が気づいて見上げた鴉どもに、鴉遣いが短く声を発して地を指さしましたら、たちまちそれへ鴉どもが舞い降りて大きな塔を造ります。それに引かれてさらに多くの人々が集まってまいりましたら、鴉遣いがまた啼き声を高く発します。鴉どもは再び高く舞い上がって今度は空に龍を形作って天駆けます。
見上げる人々の歓声が収まってしばらく、最後に一つ鴉遣いが啼いて鴉どもが再度地に舞い降りて塔になりましたら、見物から鴉遣いが投げ銭を請う。
ところが、あるとき、その鴉の塔に石を投げつける者があったそうです。ために鴉どもがそれぞれに飛び上がって四散しましたら、石を投げつけたそいつは大声で、
「烏合の衆とはこのことだ」
言って大笑いしました。
すぐに鴉遣いが一段高い啼き声を発しましたら、たちどころに鴉どもがそれに襲いかかってそいつの悲鳴が途絶えてやがてそれらが飛び去ると、そこにはところどころ血や肉のこびりついた人の骨が転がっているばかりだったそうにございます。
それからは人前でそんな芸を見せることはなくなって、鴉遣いは人里離れた山中に鴉ともども移り住んだということででした。
山中にあって食べるに困ることはなかったようですが、人肉の味を知った鴉どもはときどきそれを請うたそうで、そんなときには鴉遣いは旅人を襲ってはその肉を鴉どもと喰っていたということでした。けれども、その鴉遣いが病を得て動けなくなったら、今度はその肉を鴉どもは喰らったそうにございます。
私にこの話を聞かせてくれたのは、最初にその鴉遣いから死肉を与えられた鴉の一羽で、そいつは、今、己らが喰い尽くした鴉遣いの姿を借りて、鴉の芸を身見せて回っているということでした。
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