五十四 石の武芸者

 天狗から剣法を授かったという武芸者がいた。

 不敗を誇り多数の門弟を抱えて道場を構えていた。

 これは、私がその武芸者の食客となっていたときの話である。

 酒を酌みながらの武芸談義で自慢話が鼻についたから、

「いかにお手前が達人とはいえ、不意をつかれることもありましょう」

 と尋ねたら、武芸者は意味ありげな笑みを浮かべて、

「刃物がこの身に触れたなら、我が身はたちまち石と化しその刀身を跳ね返す」

 そんなことを答えた。

「石になるとは異なことを」

「印可を授けられしおり、避けがたい危難がその身を襲うたときにこれを飲め、と大天狗から渡された薬を飲んだらそうなった。それゆえ、この手で刀身に触れるだけで石になる。迂闊に刀の手入れもできぬ」

 呵々と笑って武芸者は酒をあおった。

「これまでも石になるほど危ういこともありましたでしょう」

「何度もあった」

「それで相手は倒せるのでしょうか」

「相打ちに持っていけばよい」

「なるほど、肉を切らせて骨を断つ」

 いざとなれば石になって相打ちとするから不敗が喧伝できる……

 と口にはしない。

「されど、石になって人に戻るにはいかが召される」

「なに、心配には及ばぬ。小半時もせぬうちに元の身体に戻る。弟子が駕籠に乗せて連れ帰ったときには、わしの不敗神話が一つ増えているというわけよ」

 高らかに笑った数日後、不敗に挑む者が現れてこれを受けて武芸者は例の如く駕籠を二人の弟子に担がせて、別に私を立会人に指名した。

 武芸者は、海風の吹き曝す断崖を前にこの者と対峙した。

 刃を交わして明らかに腕は相手が優るとわかったけれど、武芸者はその太刀を面上に受けながらそやつの胴に突きをくれてやった。が、その切っ先が一寸も通らなかったのは相手が鎖を着込んでいたからだった。

 互いに太刀をくれながら致命傷を与えられずに武芸者は石となってしまったからは決着は着かぬものと思ったら、相手は石になった武芸者を引きずって断崖から蹴落とした。

 あ、っと声を上げた門弟達とすぐに絶壁に駆け寄ったが、石の武芸者はすでに海中に没していた。私はすぐに飛び込んで海中からそれを近くの岩場まで運んだら、右の二の腕から先が失われて頭の半分は割れてなくなっていた。駆けつけた門弟にそれを運ばせて私は再び海に潜って右の二の腕と割れた頭を見つけて拾って帰ったけれど、右腕は取れたまま頭は半分割れたまま、武芸者の身体は元に戻った。

 

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