五十二 餅屋幽霊
幼い娘を亡くした餅屋夫婦が、得意先の寺から女の子を預かって育てることになった。
この女の子は、その寺の庫裡の前に捨てられていたのだが、その前日に孕んだまま死んだ女が埋葬されていたために、餅屋が幽霊の子を引き取った、と噂された。それでも餅屋夫婦は亡くした我が子のように慈しんで女の子を育ててていた。女の子が七歳になったころに、
「お前は幽霊の子だ」
と吹き込んだ奴がいたらしく、娘は餅屋夫婦にほんとうのことを教えてくれと迫った。
その場は、
「間違いなくわたしらの娘だ」
と答えたけれど、
「それならどうして幽霊の子だと言われるのか」
と詰め寄られて往生したらしく、ほんとうのことを言ったものかどうか、餅屋夫婦が拾った住職に答を求めたら、
「紛れもなく私たちの娘だ、と言うことは、これは御仏のおっしゃるところの方便じゃ。あくまでも娘にはそう言い通すのがよかろう」
ときっぱり言った。
それからしばらくして餅屋夫婦は相次いで流行病に倒れ、見舞いにいったら娘を頼むとわたしに言った。そこへ使いに出ていた娘が泣きながら帰ってきて、幽霊の子と囃す男の子を突き飛ばして死なせてしまったと言う。
「この子を不憫と思って、どうかこのまま連れていってください」
そう懇願されては無下にはできない。
わたしは泣きじゃくる女の子の手を引いて連れ出すと、近所には親戚の娘を預かることになったと言って嫁に出すまで養った。
ところが、嫁いだ先がたまたま餅屋で、あれは幽霊の娘だと言われたことがどこからか知れて離縁となった。
それから娘は家から一歩も出なくなって、やっぱりほんとうは餅屋の娘ではなく幽霊の子だったのではないかとしつこく私に聞くようになった。
いっそそうだと言ってやったほうが、ほんとうは寺に捨てられていたんだと真実を明かすよりいいかもしれないとは思ったけれど、
「世の中に幽霊の子などいるはずはない。お前は餅屋の娘だ」
と、娘が死ぬまで私は言い通した。
娘が息を引き取るときにあの世から迎えにきたのは、餅屋夫婦ではなく、見知らぬ女だったが、わたしにはそれが娘を寺に捨てた実の母親だとすぐにわかった。
でも、娘はその女の手を拒んだから、
「成仏できないのか」
そうわたしが尋ねたら、
「私は餅屋の娘です」
と答えた。
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