五十一 屠龍の技

 屠龍の技を伝承する者があった。

 これが後継者を求めてうちの近くに道場を開いた。

 開くときに、刀屋を営むわしが世話を焼いたので、ちょくちょく様子を見ていた。

 剣術道場が軒を並べるところだから、この技を継承したいという者が現れるだろうと考えてのことだったようだが、剣術を学んで誰よりも強くなろうとか、護身にしようとか、そうした思いを持つ者が多く通う道場と違って、龍を屠る技を身につけたところで役に立つことはない。ものの役に立たぬものを会得するなど無駄の骨頂、と莫迦にして誰も相手にしない。

 それでも、物好きな輩がやってくることもあって、それがしばらく通いはすれど、たいていは続かない。

 稽古を見ていると、三尺を越える長い木刀を持たせて、投げ上げる三寸四方の板を延々とその木刀で突き割ることをさせるばかりである。中に、これでどうして龍を屠ることができるのか、と問う者がある。

 それには、

「龍の、八十一枚ある鱗の中の、顎の下の一枚だけ逆さになっている。逆鱗と言って、これに触れると龍が怒って触れた者を殺す。だが、触れられて怒るということは、そこが触れられたくない弱点でもあるということだ。だから、それに触れるのではなく、一瞬にして突き割る。これによって、龍を屠る」

 そう言って、問うた者に板を突きつけて、

「これが、中空を飛翔する龍の、その顎の下にある逆鱗である。変幻自在に飛び回る動きを見切って逆鱗を突く」

 言うなり、それを高く放り上げ件の木刀で突き割ってみせる。

「なれど、空を舞う龍の逆鱗を、たかだか三尺の木刀で突き割ることなどできましょうや」

 さらに問われて、

「三尺の木刀を自在に遣えるようになれば、五尺七尺と長い得物に変えて、最後は十尺を越える槍を扱えるようにする」

 伝承者は大真面目に答える。

 物好きで訪れる者は、これで通わなくなる。

 ところが、一人、若い侍がやってきて真面目に続けていたので聞いてみたら、

「同役に、理不尽に腰抜けと侮られ余儀なく刀で決することとなった。されど、相手はこの界隈の道場でも知られた剣の遣い手。同じことをやっていたのではとうてい敵わないと思い、この道場の門を叩いた」

 と話した。

 当日、見届け役を任されたわしの前で、その若い侍は例の三尺の木刀を持って立つと、わざと相手の醜悪な面貌を口汚く罵るばかりか、それがために縁談もなかろうとまで言って嘲笑い、怒り心頭に発した相手の喉にすかさず屠龍の突きを入れる。と、相手がそれを己の太刀で擦り上げたから、わざと三尺の木刀を中空高く投げ上げ敵がそれに気を取られた一瞬に、その顎の下に入って若侍は手刀でそいつの喉を突いた。

 突かれて相手は血を吐き悶絶。

 それが評判になって門弟は増えた。増えはしたが、その若い侍も門弟の中からも、屠龍の技を受け継ぐ者は現れなかった。

 それから五十年、後継者を求めて伝承者があちこちで道場を開くたびにわしが世話を焼いてやったけれど、ついに後継者を得ることはできなかった。

 おかげで、わしは屠龍の技をすっかり会得することができた。

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