四十七 小座敷荒らし

 年の瀬に、

 「あんたに見てもらいたいものがある」

 と大庄屋の跡を継ぐ男に声をかけられたことがあった。

 代々大庄屋を務めるその家屋敷は、母屋から離れから蔵から、すべてに古雅が磨き込めれているという代物で、

「家宝でも見せてくるのか」

 と軽口を言ったら、

「今日は仏壇のお鈴がひっくり返っているか、床の間の掛け軸が裏返っているか」

 と真剣な顔で答えた。

「いずれにしろ、夜中に赤子が泣き出すだろうから、それまでは酒でも呑んでゆっくりしていてくれ」

 と跡継ぎに言われて待っていたらほんとうに赤子の泣き声が聞こえてきたので、跡継ぎは目で合図をすると、手燭を持って私を隣の部屋に連れて入った。

 しかし、跡継ぎが隈無く照らすその部屋に赤子の姿はどこにもなく、それでいて泣き声は確かに聞こえる。

「あ、あれ……」

 跡継ぎが灯を向けた向こう側の襖が上下逆さまになっている。気づいたとたん、赤子の泣き声が止んだので、向こう側の襖の前まで一息に飛んで大きくそれを開けると足下に小さな爺がびっくりした顔で私を見上げて右へ走って逃げ出したから、私はその行く手に大きく足を踏み出した。どすん、と軽く揺れた弾みでその小さな爺は尻餅を突き、すかさず私はそれを摘まみ上げた。

「見せたかったのはこれか」

 と私が確かめると、傍に寄って跡継ぎはこれに手燭を向けて、

「そうだ、これだ、これ」

 と頷いた。

「それで、これをどうかしたいのか」

 私が聞くと、

「これが何とかなるのか?」 

 と反対に驚いたように聞き返したから、摘まみ上げられてばたばたと足掻くそれを、私は首にかけた頭陀袋に投げ入れて袋の口をきつく縛った。小さい爺は、しばらく袋の中で暴れていたようだったが、私が袋をひと揺すりすると、今度は赤子のように泣き出した。私は二三度袋を振り回して黙らせた。

「もう大丈夫だ」

 そう言ってやったら跡継ぎは、

「これで安心して新しい年を迎えることができる」

 安堵して私を正月の客としてもてなしてくれた。

 たらふく飲み食いして三が日を過ごし、これから帰ろうかというときにふと思い出して、

「他に、こんな小さな婆とか娘とか見かけなかったか」

 と聞くと、もういない、と跡継ぎは言いながら私を玄関から見送る段になって、

「ひょっとすると、まだ小さい何かがいるのか?」

 と不安な声で尋ねたから、

「見えないなら気にすることはない」

 そう言い置いて私は庄屋屋敷に別れを告げた。

 この頭陀袋の中に、その小さい爺の他に婆やら娘やら、まだいろいろ入っているけれど、誰ぞ引き取ってはくれまいか……

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