四十六 傷薬
かねて知遇の魔術遣いは、南蛮より渡り来る悪魔に帰依しておりまして、これが傷薬を売り始めました。
人が集まる市に立って、
「さあ、お立ち会い。我が手にしたるこの太刀は、鈍刀と言えども代々伝わる家宝なれば、研ぎにいだして切れ味はこのとおり」
最初は、懐紙を取り出してこれを切り、
「これは序の口」
言いながら懐から近くの神社で贖うた絵馬を取り出し投げ上げて、
「えい!」
とこれもまっ二つに切り割った。
これで集まった見物の数を見定めて、
「それでは」
と己の左手を前に設えた台の上に肘から置くと、右手に持った大刀を振り下ろしてそれを見事に断ち切った。
たちまち見物から悲鳴が上がりさらに人が集まるところで、
「さて、お立ち会い、御心配めさるな」
と言って右手一本で腰の鞘に刀を収めると、懐からやはり右手で大きな蛤を取り出して、
「これなる傷薬は南蛮渡来の妙薬にて」
言いながらそれを器用に右手の指にたっぷり取って己で切り落とした左腕の傷口に塗りこんで、台の上に転がった左手をそれに接いで、
「御覧のとおり、元の腕に……」
と言いかけて、
「おっと、これはしたり」
大仰に驚いて見せると、
「腕の接ぎ方が反対になっては厠で用を足すには不便極まる」
言って左腕をちょいと捻って、
「ほれこのとおり。この南蛮渡来の傷薬があれば、いくさでいずれを斬られても再び元のとおりに闘うことができ申す。今日はここにお出での皆様に、これを格安にてお分けいたすが……」
今度は腰にぶら下げていた革袋から、蜆貝をいくつか手に取り、
「ここに九つ残っておる。これを一つ大判五枚…… と言いたいところ、ご当地初の目見えにて、特別に大判三枚にてお譲りいたそう」
と言うてもそうそう売れるはずはありません。
それでも三日七日と続けておりますと、これが我が主の耳に入りましたから、誰ぞその者を呼んでまいれと御下知があって私が連れてまいりましたら、かの魔術遣いは己の腕斬りを披露いたします。
主はひどく感心した様子を見せましたけれど、かねて打ち合わせていたのでしょう。
「それっ」
主の目配せで周囲に控えていた侍が、いっせいに魔術遣いに襲いかかって膾に斬って手足はもちろん、首も胴から斬り落とす。
主は、ばらばらになった魔術遣いの体を確かめて、
「かようなものに誑かさせるようでは、天下は取れぬぞ」
言ったその夜から高熱を発し、化け物が来る、とうわ言を言い続けて、三日後に亡くなりました。
それからしばらくして、魔術遣いはまた市に立って己の左腕を斬っておりましたが、商売にならなかったと見えて、やがて行方が知れなくなりました。
……ええ、薬を塗りつけ魔術遣いの体を継ぎ合わせたのは、私でございます。
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