四十五 急使
初めて急使を命じられて街道を早馬で駆けておりましたときに、不意に空が暗くなりました。日暮れにはまだ間がありましたから、てっきり雨にでもなるのかと思っておりましたら、道行く人の姿も田畑で働く人の影も見えなくなって、これは怪しい前触れかと馬に鞭をくれて先を急ぎました。
ふと気づくと、背後から誰かが私の腹に手を回しておりました。後ろに何者かが乗っている、とは思いましたが、馬を止めて確かめると余計につけ入られると考えて、そのまま馬を走らせておりましたら、今度は右に並走する馬が現れて、それに股がった鎧武者が私を見ました。巣を張った蜘蛛を象った鍬形に黒い面頬をつけたそれが槍を一つくれましたから、馬の腹を蹴ってその左側に私が身を伏せてかわしましたところ、その穂先は私の背後に取り憑いた妖異のどこかを突いたと見えて、怪鳥のような悲鳴が聞こえて私の腹にまとわりついていた手の感触もなくなりました。
とたんに左にも並走する馬が現れて、これにも鎧武者が乗っています。こちらの兜には鎌首をもたげた数匹の蛇が絡まり合った鍬形があって、やはりそいつも黒い面頬をつけておりました。まっすぐな道を左右挟まれた危うさに私がとっさに手綱を引いて馬を止めましたら、二、三の小石が急落する音が聞こえてよくよく見ると、道はなくなって切り立った崖が風を吹き上げておりました。
すぐに馬首を返しましたら、そこに女が立っておりました。あでやかな振り袖を着た若い女で、
「それを届けてはなりませぬ」
と言いました。
私は馬から下りずに女に一鞭くれてやりました。
女はその場にはかなげに倒れ、
「どうぞ、わけをお聞きくださいませ」
と袖で顔を隠しながら言いました。
それでも私は馬から下りずにもう一鞭女にくれて馬腹を蹴りました。
女は馬にすがろうとしましたが、馬はそれに気づきもしないように走りだしましたから、馬の蹄にかかった女は瞬時に姿を消しました。
すると、晴れ渡った空が広がり、街道を行き交う人の姿も田畑で働く人の影も見えてきまして、私は急使の役を無事に果たすことができました。
以降、私が急使として重宝されましたことから、それまでに急使がその役を果たせなかった例があったことが察せられました。
ただ、急使を妨げる妖異が何か、一度確かめてみようと思いましてから、それらが私の前に現れることはありませんでした。
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