三十九 かまれ石

 失脚した国家老に与した咎で、庭先に引き出されて即刻打ち首を言い渡された武士が、

「必ず祟って一族根絶やしにしてくれよう」

 と縄目を受けたまま暴れて呪詛の言葉を吐き続けたことがありました。

 下役を務めます私の手に余るほどでしたが、新たな主が、

「いかほどほざこうとも、祟ることなどできまい」

 と鼻で笑いましたら、その武士はさらにいきりたって咬みつかんばかりに、

「お前から呪い殺してやる」

 と申しましたが、主はさらに挑発するように、

「口先ばかり、誰が信じようぞ」

 言って、ふと思いついたように、

「そうじゃ、首を刎ねられたときに、その石に咬みついてみよ」

 と石灯籠の下に転がっている、苔むした小石を指して、

「さすれば、その方の執念もまことのものとなるであろう」

 それで、ぴたりと動きを止めて、そやつが黙ってその石を睨んだ隙に、主の目配せで首切り役が刀を一閃させました。

 首は飛んでその石に齧りつきましたので、一同、声を上げました。けれども主は、

「これで祟ることはあるまい」

 と涼しい顔で言いました。

 傍らに控えておりました者が、

「しかし、首が飛んであのように石に咬みつきましては……」

 そう申し上げますと、

「こやつの執念が、我らに祟ることから石に咬みつくことに向けられて、それが成就したのじゃ。もはや我らに祟ることはない」

 言い捨てて奥に引き上げました。

 しかし、その夜から、苔むした石に咬みついたその武士の首が、城内を飛び回るようになりました。

 最初は用足しに起きた奥女中の周りを飛び回り、悲鳴で駆けつけた宿直の侍もこれを見て斬りつけましたが、首はたちまち姿を消して朝の支度を始めるために起き出した女どもの前に再び姿を現しました。

 やはり祟りかと家中騒然となって、石に咬みついたままのそやつの首を掘り返して懇ろに供養いたしましたけれどもこれが収まりません。なにしろ、石に咬みついたままの首ですから……

 皆様、もうお気づきかと思います。

 庭で苔むしておりました小石が実は霊石で、壮絶な執念で咬みついた首を振り払おうと飛び回っているだけでございます。しかし、そうと知る者はおりません。

 仕方がないので、供養して埋め直したその首をまた私が掘り出して、そやつの口をこじ開けて霊石を外そうと試みました。なれど、これが私の力をもってしても外れません。それで今度は、その腐りかけた頭を頭蓋骨から粉々に砕いてようやくその口から霊石を取り外すことができました。

 そうして庭の元のところに霊石を置いておきましたら、もうその首が飛び回ることはなくなりました。

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