二十二 反魂
おれが墓掘りをしていた寺の坊主は、おれの正体に勘づいていて、ときどき厄介なことを持ち込んでくる。
あるとき、おれの掘った墓穴に仏を入れる段になって、施主が、
「成仏してくれるでしょうか」
と不安げに漏らしたことがあった。
「何か、気になることでもございますかな」
穏やかに坊主が尋ねると、
「日頃から血の流れない女で、棺桶に収めますとき、うっかり落としそうになって腕を掴みましたら、肩が抜けて腕が取れてしまいました」
と戸惑いながら答えた。
「見せてもらってよろしいか」
それで坊主はおれに目配せして、おれが女の亡骸を取り出して両袖を捲り上げたら、女の抜けた肩に枯れ草がまとわりついていた。
「この女性は、如何なる方でございましょう」
多少、驚いた表情を見せながら坊主が問うと、
「実は、どこの誰だか己も知らぬままに遊女屋に売られたという女で、ずいぶんかわいそうだという思いもありましたから、私が身請けして囲ったという次第でございます」
と施主が答えましたら、坊主は女の亡骸をじっと見ながら思案を巡らせ、
「これは、反魂にて再びこの世に生を受けた者にございましょう」
と何でもないことのように言うと、
「反魂?」
と施主は問い返した。
「反魂の術、と申しますのは、死者の骨を草で結んで人と成す業でございます。かの西行法師もこれを試みた、とものの本にも記されております。なれど、亡くなった者がそのまま甦って常に変わらぬ暮らしを営むということはかないませぬ。現した姿こそ故人のそれに違いありませぬが、それまでのことはすべて忘れております。忘れているというよりは、何も知らぬ赤子同然と申すべきで、それを捨て置けば、迷子も同じでございますから、悪い奴に捕まってしまいますと、己の名も生まれもわからぬままに売られるということにもなりましょう」
厳かに語る坊主の言葉に、施主は嗚咽を漏らしながら、女の亡骸を抱きしめました。が、しばらくしてすばらしいことを思いついたような表情を見せて、
「それなら、もう一度、これを甦らせることもできるのではありませんか」
と言って、できるなら、これをまた私の側に置きたい、と懇願しましたから、
「難しゅうございます」
と坊主は答えたけれど、
「金ならいくらでも出します」
その施主の一言で、
「難しゅうはございますが、やってみましょう」
と引き受けて、坊主はおれを見た……
確かにおれは反魂の術を試したことはあるけれど、同じ骨に二度も反魂の術が効くかどうかは知らない。そう言って一度は断わった。でも、金儲けとなれば坊主に妥協はない。しょうがないからやってはみたが、顔や身体が崩れてしまったので、おれはそれを元の棺桶に放り込むと蓋をして墓穴に埋めて寺から逃げた。
坊主が施主にどんな言い訳をしたのか、それは知らない。
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