二十一 人喰い杉

 博徒の一家を構える親分に見込まれましたのはこの腕っぷしでしたが、あっしの役目というと、専ら賭場の番でした。

 だいたいは常連ばかりで、それでもたまに場違いな奴が入り込もうとしますから、そんなときはあっしが出張って丁寧にお引き取り願う、でなければ、ちょいと痛い目にあってもらうという仕組みになっておりました。

 痛い目にあった輩が、お恐れながらとお上に訴え出ても、長くおつきあいいただいているお役人に親分が鼻薬をたっぷり効かせておりますから、めったに踏み込まれることはありません。

 ただ、親分が言うところの、どうしようもない石頭野郎、も役人の中にはおりますので、そんな石頭を、一家の裏手にありました、小さな叢祠の傍らに植わっております、一等、大きな杉の木、朽ちかけた注連縄が巻かれた御神木にぐるぐる巻きに縛っておいたことがありました。

 縛ったのはあっしでしたから、誰かが助けにきたとしてもたやすく切れる縛り方はしておりません。でも、縛った翌朝には、縛った縄ごと役人の姿は消えてなくなっておりました。

 さすがに奉行所からこっちへ探索が入りましたけれども、鼻薬の効いているお役人がうまく取り計らってくれたようで、その石頭はどこぞへ逐電したということで決着がついたという話でした。

 次に、その御神木に縛りつけたのが、いかさまだと因縁をつけて暴れた野郎でした。こいつはどうやらこっちの縄張りに手を出そうとした命知らずの博徒の手先で、かなり喧嘩慣れした奴でしたが、これもあっしが取り押さえました。

 例の御神木に縛りつけて、そのままあっしも放っておけばよかったんですが、どうにも妖異の臭いが漂っていたのが気になって仕方がありませんでしたから、その晩、少し離れた木の陰から覗いておりましたら、深更に至ってその木の傍らに現れましたのが、親分の女房でした。女房は縛られた男を見て声もなく笑い、野郎が気づいたところで、己の左手をその杉の木にゆるゆると溶け込ませ始めました。すると、風もないのに杉はざわざわと枝葉を鳴らし、太い幹が脈打ち出しました。

 それを身体で感じた男の全身を恐怖が貫いたのでしょう。しばらく必死でもがいていましたけれど、その背中から次第に杉の木の中に溶け込んでいきます。当然、男は助けを呼ぼうとしますが、長い枝のように伸びた右手の人差し指を女房は、そいつの口から咽喉元深く差し入れました。

 ほどなくすると、男はその杉の木にすっかり取り込まれてしまいました。ところが、気配を殺して見ていたあっしに女房が気づきました。あっしは、いかにも何も見ていなかったという態で軽く頭を下げてみましたけれど、女房はあっしに声もなく笑いかけると、手招きします。

 ああ、あっしもあの化け物杉の餌食にされるんだと感得しましたが、それならそれで面白いと思いまして、その女房の前に立ちました。

 まあ、あっしがここでこうして話をしておりますから、その女房と杉の木がどうなったのか、察してもらえるかと思います。

 ただ、まあ、顔はこんなに溶けたみたいになってしまいましたがね……

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