二十 死神

飢饉で生まれ在所を捨てて流れてきた者に貸した金のかたに、眉目美しい女を妾にした金貸しがあった。

 その金貸しに、貸金の元手になる金を出していたわしが立ち寄ったときに、その女の背後に疫病神がいるのが見えた。

 疫病神が誰ぞに取り憑くことなんぞは珍しくもないので、そのままにしていたら、女は青い顔をしてそれへ崩れるように倒れた。

 金貸しは、その女によほど執着しているようでわしのことなどほったらかしにして床を取らせて医者を呼びに行かせたので、翌日改めて訪ねたら、女も出てきて、

「昨日は御無礼いたしました」

 と金貸しと一緒に詫びて、

「実は、これには死神が憑いておりまして……」

 と金貸しがぽろりとこぼしたのへ、わしが詳しく聞いてみると、

「十日ほど前に、夜中に雨戸を叩く者があって、これが女を迎えにきたから渡せと申しました。手前が拒みましたら、そいつは死神だと名乗りました。誰ぞの悪戯だろうと怒鳴りつけましたところ、たまたま泊まっておりました旧知の僧がこれに気づいて経を唱えましたので、その夜はそれで済んだのですが、これが毎夜訪れては女を渡せとしつこく申します。それでも、念の為にと僧が貼ってくれておりましたお札のおかげで凌いでおりましたけれど、さすがにいつまでもそれに頼ってばかりもいられないと思いまして、用心棒を雇って叩きのめしてやろうといたしましたら、この用心棒が死神を叩きのめすどころか、一晩ぐっすり眠り込んでいてさっぱり役に立ちません。と言って、夜毎訪れる死神にむざと女を渡すわけにもまいりませんから、私は夜もすがら女を守っておりました。そうこうしておりましたら、疫病神をつけることにした、と死神が申しまして、それで、昨日はあのように失礼をいたしましたようなわけで……」

 と言って女に視線を投げた。

 女はやっぱり青い顔をして苦しそうにしているから、わしは金貸しに言って女を奥の寝床に下がらせた。そのときに、ついていこうとする疫病神の襟髪を捕まえて、

「死神と結託しているのか?」

 と問うた。すると、

「見逃してくれ。あの女は元々飢饉で野垂れ死ぬはずだったんだ。それがこの金貸しに拾われて死に損なったから、死神も困っているんだ」

 と答えた。

「ほんとうだったら女が金貸しに拾われる前に死神が、きっちり連れて行くべきところで、そのしくじりの尻拭いにお前が手を貸すのは間違っているだろう」

 そう言ってやったら、疫病神は黙って金貸しの家から出ていった。

 それで女はすっかり元気を取り戻したけれど、今度は死神がわしに捻じ込んできた。

「このままでは役目が果たせぬ。疫病神を追い払ったのなら、お前が何とかしろ」

「人の命数は定まっているものだが、多少の手違いが起こるのは仕方あるまい。と言って、死に損なった者が長く生きた試しもなかろうよ」

 そう言ってやった翌日、まだ用心棒代をもらっていない、と首になった用心棒がやってきて押し問答になった末にそいつが抜いた刀が女の右目から頬を斬ったから役人が駆けつける騒ぎになった。用心棒は暴れたあげく御用となったが、顔に刀傷の残った女に金貸しは執心を失って、これに暇を出した。

 それで死神は女を連れていくことができた。

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