十九 心中
煙管の仕上がり具合いを確かめていると、どうも気に食わないところがあって、それに手を加えているうちに、ずいぶん日が傾いてしまいました。
煙管を箱に入れて急いで家を出て、小走りに辻を曲がったところで、若い女とぶつかった弾みで箱を取り落としてしまいました。小さな音を立てて煙管は箱から飛び出してしまい、あっしがそれを拾うと、女は、
「いい煙管だ」
と言いました。
雁首の先に髑髏を彫り込んだ変わり煙管で、若い女が好むような代物では
ありません。
「髑髏が生きてるみたいだよ」
女はしげしげと髑髏を見ながら言いました。
妙なことを言う女だとあっしが思ったのがわかったのか、
「あたしのいい人も腕のいい職人なんだよ」
と淋しそうに笑った顔を見直して、その女が死んでいることに気がつきました。
でも、女はそんなことさえわかっていないようでした。
「すまねえ、先を急ぐんで」
と断わって女を置いて駆け出した帰り道で、再びその女に声をかけられました。
「なんだ、まだ迷っているのか」
そう言うと、女は薄く笑って、
「来ないんだよ」
と言いました。
沈んだ日の残光が消えて寒月が冴えていました。いつのまに足下にまとわりついていたのか、黒猫が鳴いてあっしを見上げました。
なんだかしょうがねえ、という気になって、
「そいつはきっと来ないよ」
と言ってやりましたら、
女は哀しそうに背を向けて歩きだしました。
翌日、近くの川で若い女の土左衛門が上がったというので、隣のおっちょこちょいが見にいこうとうるさく言いました。ついていったら案の定、昨日の女でした。
左の手首に細紐が巻かれていましたから、きっと誰かと心中を図って身を投げたんだろうけれど、飛び込んでから男は女を捨てて泳いで逃げたに違いありません。
その夜、次の煙管の細工を打ち合わせて帰る道筋で女が現れ、
「来ないんだよ」
と言います。
黒猫の鳴き声も聞こえました。
「そいつはきっと来ないよ」
そう言ってやると、女はやっぱり哀しそうに背中を向けて歩きだします。
そんなことがずっと続いておりまして、きっと今夜も帰り道で女は声をかけてくるでしょう。
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