十七 用心棒

 一家皆殺しという押し込みが立て続けに起こって、ある商家に用心棒に雇われたことがある。半月遅れて、もう一人、三十過ぎと見える浪人が同役についた。痩せて陰気な目つきをしていたけれど、身にこなしを見ればかなりの腕だとわかる。

 用心棒と言っても、押し込みが入るのを待っているばかりではない。主人や妻女、娘が出かけるときなんぞにも、お供を仰せつかる。主人や妻女はわしを連れて出かけるが、どういうわけか、一人娘は同役を連れて稽古事に出かけることが多かった。

 珍しく、誰のお供をすることもない昼下がり。同役が、つき合え、と言うので、近くの小さな料理屋の二階に上がったら、

「娘が、持ち上がった縁談がいやだから、俺と逃げてくれと言うんだ」

 そいつは、めしの相談でもするように言って、

「昔、好いた女に同じことを言われて真に受けたがために、こんな用心棒に身を落としているから、一緒に逃げる気はないんだが……」

 そこへ運ばれてきた酒を手酌であおって、

「今夜、おぬしがその娘に、俺が待っているからと言って、外に連れ出してほしい」

 と言ったから、

「今夜、何かあるのか?」

 訝しんで尋ねたら、同役はふっと笑って、

「実は俺は押し込みの一味でな、今夜、仲間を手引きすることになっている」

 夜釣りに行く手はずを確かめるような口ぶりで、そんなことを言った。

「なるほど、娘だけは助けたいということか」

「おぬしがいない方が、仕事がやりやすいだけだ」

「わしがいやだと言ったら……」

 そいつはまた手酌であおって、

「分け前をやる…… 何なら仲間にしてやってもいいんだ…… それでいやだと言うなら、しかたない」

 そう言って、刀を手にした。

「おぬし、死にたいのか」

 今度はわしが手酌であおって見据えたら、

「すべてお見通しか……」

 そこへ料理が運ばれてきたが、そいつは立ち上がって先に出たまま、店にも戻らなかった。

 その夜、押し込みは来なかったけれど、店の主人が贔屓にしていた船宿で盗人同士の喧嘩があって、そこで死んだ何人かの中に、その用心棒の屍骸があったという。

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