十五 盲馬

 馬子仲間の一人は、いたって無口な男だった。

 それが、最初に馬の心配をしてから、

「おれは、山賊だった」

 と、話しはじめた。

「近道だと偽って、馬に乗せた旅人を山中に連れ込んでは金品を奪っていた」

 若い時分からならず者の中にあって、やがて盗人に成り下がり、追われて逃げて馬子に化けたのは、たまたま宿場で目についた馬を盗んだからで、それからしばらくはおとなしくしていたけれど、以前の悪仲間と巡り会って、こうした所業に及ぶようになったと言う。

 ところが、そのうち盗んだこの馬が言うことを聞かなくなった。

「畜生でも、善悪は弁えていたのかもしれない」

 あるとき、たっぷりと路銀を懐に入れて湯治に行く、どこぞの楽隠居といった態の年寄りを乗せたとき、やはり嫌がって言うことを聞かないのを、無理に手綱を引いたから、馬は首を振った弾みで木の枝で目をついてしまった。これにはさすがのそいつも慌てて治療をしてやったのだが、どうにも取り返しがつかない。

 それからしばらくして、どうしたわけかもう一方の目も白く濁って見えなくなった。

「もう、盗人稼業の片棒を担がせることはできないし、このまま生かしておいてもかわいそうだから、馬草に鳥兜の根を刻んで混ぜて死なせてやろうと試みたけれど、これが賢いからそんなものは口にしない。山刀で切りつけて一息に死なせてやろうとしても、盲いているのにうまく逃げる。それでその馬はそのままにして、新しい馬を買いに馬市なんぞに顔を出しても、どうもうまくいかない」

 そこで息をついた馬子に水を飲ませてやったら、

「帰ってみると、馬が何やら催促するようで連れて出ると、すぐに客がついた。このときは、悪事を働こうという気がなかったから、そのまま客を運んだ。なにしろ盲いた馬だから、これが客の気を引く。不思議なことに、次から次にそんな客に恵まれて、山賊に加担する暇などなくなった」

 と、苦しい息で続けて、そこでまた水を飲んだ。

「あとは御覧のとおりだ。悪仲間ともめたあげくに斬り合って、危ないところを相手を蹴り倒して助けてくれたはいいけれど、あいつも足を切られて倒れてしまってはもうだめだろう……」

 そこまで言ったそいつにまた水を飲ませようとしたわしの腕を掴んで、

「それでも、あいつだけは何とか助けてやってほしい」

 最後に声を振り絞るように懇願すると、馬子は馬の名を呼んで息絶えた。

 山道を少し外れた茂みの中に陽だまりがあって、斬られた奴が一人、そこからわずかに下った斜面に、馬に蹴り飛ばされた奴が一人、骸を晒していた。

 馬は、馬子の最後の声を聞いてその死を覚ったのだろう。立ち上がろうとあがくこともせず、わしにその白い眼を向けていた。

 馬子が手にしていた血まみれの山刀をわしが振り上げても、馬は抗わなかった。

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