十四 枕屏風

 奉公しておりました骨董屋の主人が身体を壊して、よくなるまで私が店を切り盛りすることになりました。

 私のような者が主人の代わりに表に出ましたからでしょうか、曰く因縁のある品物が店に集まるようになりました。

 たとえば、どこにも傷がないのにじんわりとお茶が漏れる茶碗などは序の口で、お定まりの、幽霊の抜け出る掛け軸ですとか、打つと傍らにいた者が狐の声を上げてしまうという鼓ですとか、まあ、眉唾物もありますが、そんな物でも店先に並ぶようになりましたら、これがまた評判になりまして、物好きなお方が少なからずお出でくださり、店は繁盛いたしました。

 あるとき、遊女が手招きするという枕屏風が同業から持ち込まれまして、詳しく尋ねましたら、

「その枕屏風を置いて一人で寝ていると、夢うつつに現れた遊女が右手で手招きをするんだ。はっと気がついて枕屏風を見ると、裏から白く細い手が出て、おいでおいでをするんだ。それで枕屏風の裏に這っていくと、何もない。夢でも見たのだろうと思って寝ていると、またその手が招く。これが、たとえば、妻子が一緒に寝ていると、そんな怪しいことは起こらない。だから、当人の他は誰も信じない」

 と申しましたので出所を聞くと、案に違わず女郎屋でした。

「どうしてお前の店で扱わないんだ」

 と問いましたら、

「もちろん売ったよ。見てのとおり、枕絵とは違った艶のある絵柄だから、店で埃を被るなんてことはない。でも、十日もせずに帰ってくる。買い戻してくれと持ってくるのは、たいがい買っていった男の女房だとか母親だとか姉妹だとか、その男の係累だという女だ……」

 そこで同業は言いよどみましたが、思い切るように、

「その女たちが言ってるんだよ。ほんとうかどうかわからないよ」

 と強い口調で前置きをして、

「男が死ぬんだそうだ」

 声をひそめて告げてすぐ、

「たまたまそうなっただけかもしれない。だけど、そんな評判が立ってしまって、この枕屏風だけでなく、うちの商売もすっかりいけなくなってしまってね。それで、失礼ながらこういう曰く因縁のある物ばかり扱っているあんたのところなら、売り物になるんじゃないかと思って……」

 言うと、すがるように私を見ました。

 私は承知してその枕屏風を引き取りました。と言って、すぐにそのまま店先に並べるわけにいきません。その晩、私はその枕屏風を己の枕近くに置いて寝ました。

 ……深夜、遠寺の鐘の音を聞いたように思いましたら、枕屏風からほっそりした手がのびてきて、私を招きます。

 私は、起き直るやいなやその手を握って引き寄せました。すると、引きずられるように女が出てまいりましたので、私は女を夜着の中に引き入れてそのまま抱いて夜を明かしました。

 朝日が射し込むとともに女は消え失せましたが、それから十日、枕屏風から白い手が手招きすることはありませんでした。私に変事もなかったので、店に置きましたところ、すぐに売れました。でもやっぱり十日ほどして買った男が返しにきました。

「何か不都合がございましたか」

 尋ねましたら、

「枕屏風の女が、店に帰してくれとうるさく言うんだ……」

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