十三 化け猫
薬の行商で出入りしていた豪農の代替わりで当主となった男から、猫いらずの注文を受けたことがあった。
あいにく手許になかったので、
「猫はお飼いになっていらっしゃらないのですか?」
と尋ねたら、
「殺生をせぬことが家のきまりなので、ずっと猫は飼わずにいた」
と答えた。
「それは殊勝なお心がけで……」
と申しますと、
「そうして鼠を生かしておいたら、七十年ほど前に、この家が崩れるのを鼠が知らせてくれたらしい。おかげで、死人も怪我人も出さないですんだという話が伝わっている。だが、このごろは鼠どもが我が物顔に蔓延って、夜もおちおち寝ていられない。それでも親父は笑って何も手を打たなかったけれど、わしが当主となったからには、鼠を一掃しようと思っている」
きっぱり言った。
「それなら猫をお飼いになったらよろしゅうございましょう」
それでも次に伺う際には、猫いらずを持参いたします、と約してそのときは辞去したけれど、ひと月ほどして訪ねたら、
「猫は全部、鼠にやられて逃げ出した。そういうわけだから、とっておきの猫いらずを頼む」
しかし、持っていった猫いらずが効かなかったので、他に何かないのか、と迫られました。そこで、尻尾が二股に分かれた猫に話をして、これを連れていきました。
さすがにこれには当主も、化け猫か、と声を上げましたが、
「猫いらずも効かず、そこらの猫で相手にならないとしたら、鼠はただの鼠ではありません。でしたら、こちらもそれ相応の猫をけしかけるべきかと存じます」
私の言葉が終わらぬうちに家の内に飛び込んだ猫が一声鳴きましたら、たちまち鼠の鳴き声があちこちから上がり、家中を鼠が駆け回る音が響き渡りました。
その鼠らを、猫は片っ端から嬲っては殺していきます。
最後に出てきたのが、その猫に劣らぬほどに大きな鼠でしたが、いかに鼠の大将でも化け猫にはかないません。
大将が血祭りに上げられては、手下どもは逃げ出すほかありません。
おおかたけりがついたところで、猫が血のついた前足を舐めましたから、私は当主に、
「これで鼠が寄りつくことは二度とありません」
太鼓判を押しましたら、当主は喜んで、それでも半分恐ろしげな目つきで猫を見ました。
そうして私が猫を連れて帰った十日ほどのちの嵐で、その家は倒れて当主をはじめ家族はその下敷きになって死んでしまいました。
たまたま里に帰っていて無事だった女中の話によると、家の根太がすっかり鼠にかじられてぼろぼろだったということでした。
七十年前に家の倒れるのを知らせた鼠どもも、己らで根太をかじっていたからわかったのではないかと、これは猫の話でございます。
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