十 呑刀

 俺が手妻の一座に入っていたのは、この身体を堂々と使えるという、ただそれだけの理由だった。だから、専ら、刃渡り、火渡り、火吹き、呑刀といった、そのまま人がやったら命にかかわるような危ない術ばかり見せていた。

 刃渡りは、刃を上に向けた刀の上を素足で歩くというもので、刃の上にまっすぐ足を置いて、滑らせなけりゃ切れることはないが、そんな理屈を心得ているからといって、度胸一つでできるほどたやすいもんじゃない。

 火渡りは、これも素足で火の上を歩いているように見せてはいるが、事前の仕掛けがいい加減だと火傷する。

 松明につけた炎を口に含んで一気に吹き出す火吹きでも、手筈通りの仕掛けを怠ると火だるまになる。

 もちろん、火渡りでも火吹きでも、俺なら仕掛けがなくても火傷を負うことはない。けれどもそれじゃあ、さすがに怪しまれるから、手順通りに仕掛けは怠らない。

 一尺ほどの短刀を呑む呑刀も、天に向けた口から喉と胸をまっすぐ開き、そこに事前に鞘を呑んでおくのが要諦だ。喉深く隠した鞘に刀を収めればどうということはない。

 ところが、あるとき新しく一座に加わった男があって、こいつが水芸だの蝶の舞いだの器用にこなす。眉目がよくて客の受けもいいから、座頭なんぞはほめそやすが、それをいちいち鼻にかけてまだ足りないのか、そのうち、あっしの火渡り、火吹き、刃渡りを見よう見まねでやり始めて喝采を得ると、それを鼻にかけやがる。

 それで、

「さすがに刀は呑めねえだろう」

 って誘いをかけたら、野郎、また鼻で笑いやがったから、最初に鞘を呑んで短刀を入れて出して見せたら、

「造作ない」

 と小馬鹿にしたように言って、やってのけた。

「だったら、ほんものの呑刀を見せてやる」

 言って今度は鞘を呑まずに二尺三寸の反り身を呑み込んだら、さすがに驚いたようだったが、しばらく刀の長さや反り具合いを見た上で、手順を確かめるように胸まで呑む仕草を重ねると、こっちを一つ睨んで、刃先から刀身を口から沈めていった。唇に鍔がついたところで俺が大仰に手を叩いてやったら、そいつは得意げに笑って、それがために手元が狂ったのか、あっ、と言うなり慌てて刀を抜き始めたが、途中で咳き込みながら血を吐いた。騒ぎに気づいて皆が駆けつけたときには、半分刀を呑んだまま、血だまりの中で事切れていた。

 座頭はさすがに残念そうな表情を見せたが、みんなは冷然とその骸を眺めるばかりだった。

 あとで聞いたら、人より己がすぐれているんだってところを見せて喝采を得てはしたり顔で他を莫迦にするから、結局、どの一座でも快く思われなかったらしい。

 そのとき、西洋の何とかって物語に、牛の真似をして膨らませた腹が破れて死んだ蛙の話があったことを思い出した。

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