七 鋸挽き

 繁華な橋の南詰めに、首だけ出して埋められている男があった。その両脇に、竹の鋸が一本ずつ立てかけてあったので、通りかかった大工に尋ねたら、

「主殺しの罪人に鋸挽きの刑が処せられているところだ」

 と言った。それはどんな刑か、重ねて尋ねたら、

「通行人は誰でもその罪人の首を鋸で挽いていいという仕置きだ」

 大工は、うるさそうに言い捨てて、早足に言ってしまった。

 それでしばらく橋のたもとで様子を見ていたが、誰も挽く者がない。

 挽いていいものなら、ましてやそれが刑罰なら、手を貸すのが務めだろうと思いながら、わしはその罪人の前に行ってしゃがんだ。

 罪人は若い男で、ひどく弱っているようだったが、わしに気づいて顔を上げると、

「挽くのか」

 と問うた。

「嫌か」

 問い返したら、

「ひと思いに挽き切ってくれるなら……」

 言ってそいつは力なく笑った。

 それで右側に立てかけてあった竹の鋸を手にしたら、どこぞの商家の内儀といった年増が小女を連れてぱたぱたと駆け寄ってきた。

「挽くのかい? かわいそうだからおよしよ」

 と言ったから、

「このまま晒しておくほうがかわいそうじゃないのか」

 言い返して、罪人の喉仏の下に鋸の歯をあてがったら、たちまち人が集まってきた。そんな酷いことはおよしよ、と言う声よりも、やるのか、挽くのか、と言う野次馬の声のほうが多く聞こえた。中には、次はおれが挽こうか、などと口にする者もいる。

 かまわずわしが、一息に首の骨まで断ち挽くと、胴から夥しい血が噴き上がり、それがいちばん前で見ていた年増の着物に飛び散った。とたんに上がった年増女の悲鳴に続いて、騒然となった人々をかき分けてやってきた役人が、わしに十手を突きつけてきた。

 それで、こっちが歯こぼれのした、血まみれの竹の鋸を突きつけて笑ってやったら、

「散れ散れ、鋸挽きは終わりだ。早く散れ!」

 役人は、こっちに向けていた十手を振り回して、群衆を散らすことに躍起になった。

 あとからやってきた別の役人が、挽き切られた首を検分して、

「お前が挽いたのか」

 驚きを隠せぬ声を投げてきたので、そうだと言ってやったら、一息にか、と確かめたから、急にばからしくなって、わしは鋸を捨ててその場を離れた。

 役人どもはわしを咎め立てはしなかったけれど、あとから追いかけてきたさっきの年増女が、

「着物をどうしてくれる」

 と息巻いた。

 以後、鋸挽きの罪人の傍らには役人がつくようになった。

 ただ、どうしたものか、人の首を一気に挽き切った、あの感触が忘れられず、わしはときどき人の首を竹の鋸で挽いている。

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