♥『名前はありますよ』
「で、実際のところ松野さんは寿乃さんのことが好きなんですか?」
稲見と寿乃さんを見送ったわたしは早速、エースストライカー氏に尋ねた。
「……直球で来るな」
「曲がるボールは蹴れませんので」
「そりゃあ好きさ。好きでなきゃ『オリンピックに連れて行ってやる』とは言わんよ。でもダメだった。最終選考の試合で負傷退場して、膝がもうスポーツ選手としては終わっちまってると宣告された。全ては終わっちまったんだ」
「サッカー選手としてはそうかもしれませんが」
「サッカーしか能がないやつがサッカーから見捨てられたんだ。もうどうにもならねーし、どうにもならねー人生にあいつを巻き込むわけにはいかないだろ」
「これは確信を持って言えることですけど、巻き込まれる覚悟は持ってますよ。寿乃さん。っていうか、彼女の方があなたを自分の人生に巻き込む気でいるんですよ」
「なんだそりゃ」
「突然ですが大阪城を作ったのは誰ですか?」
「そりゃあ豊臣秀吉だろ」
「ブブー。大工さんです」
「子どもかよ」
「まぁそれは冗談ですが、でも大阪城は豊臣秀吉が一人で作ったわけじゃないんです。この蓮華寺池だってそう。この辺りにあった村々のひとたちが作り、守ってきたものなんですよ」
「今さら名前のない村人の真似事をしろと? 俺に?」
「名前はありますよ」
「だが忘れられてしまうだろう」
「覚えてますよ。他の誰が忘れたとしても寿乃さんだけは――絶対に」
それからわたしは真っ直ぐに松野先輩の顔を見た。
「ま、そういうことですから。悔いは残さないように」
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