♥『ここからは二手に分かれて行動しましょう』

 土曜日――早めに家を出たつもりだったけど、待ち合わせの校門に着いたのは二番目だった。


「おはよ、稲見。待った?」


「さほどは」


 少なく見積もっても三十分以上前からいたっぽい。


「先輩たちは時間通りかな」


「寿乃さんはきっちりしてるから……っと、来た来た」


「あれが古塚先輩か」


 稲見は車椅子に乗ってこちらへと近づいてくる寿乃さんの姿にちょっと驚いたようだった。


「後ろにいるのが松野さんだよ」


 小柄な『点取り屋』さんについても一応のこと言ってみるけど、稲見の返事は「はいはい」とつれないもの。ま、仕方ないか。


「咲ちゃんおはよう。今日は誘ってくれてありがとねぇ」


 寿乃さんがほわっと温かな声でそう言ってくれたので、わたしはそれだけで気分が上向きになる。


「寿乃さんこそ来てくれてありがとうございます!」


 それからわたしたちは自己紹介もそこそこに、蓮華寺池公園へと向かった。


 東高から歩いて五分ほどのところにあるこの公園は、江戸時代初期に農業用水を確保するために作られた人工池を整備し直したものだ。藤棚や桜並木もあって、大きな遊具も設置されていることから、市内でも有数の観光スポットとなっている。五月くらいまでは例のウイルス感染症の影響で訪れる人もぐっと減ってしまったと聞いていたけど、本格的な夏を前にして、少しずつ人が戻ってきているようだ。


「変わんねえな。ここも」


 松野さんがそう言って「はっ」と笑った。


「そうですか? 年内に新しいすべり台ができるみたいですよ?」


「ふーん。ま、俺らにとっては蓮華寺池公園と言えば、こっちだかんな」


 レンガ舗装の路面を軽く蹴って、松野さんはまた笑った。


「確かに」


 わたしは松野さんに微笑み返して、立ち止まる。


「ここからは二手に分かれて行動しましょう。寿乃さんと稲見がAチーム、残りがBチームってことで」


「え、そうなの?」


 稲見が虚を突かれたように言った。


「……だって、稲見と松野さんってわけにはいかないでしょ」


「いきなり先輩同士ってわけにもいかないしな。オーケー。じゃあそれで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る