オリンピック・レコード

mikio@暗黒青春ミステリー書く人

♠『先輩たちとWデートってことでも良いんだけど』

「土曜日に蓮華寺池れんげじいけ公園に行ってみない?」


 平坂ひらさかさきが放課後の郷土史研究部でそう言ったのは、七月半ばのことだった。


 部室にはぼくと平坂の二人だけ。幽霊でもいない限り誘われたのはぼくということになる。


「二人で?」


 それでも確認してしまうのは、平坂が美人でぼくが陰キャだからだ。


「ううん。先輩たちも一緒」


 ほらね。でも、心に土手を作っておいたからノーダメージだ。


「……二人が良かった?」


 土手を壊しにかからないで。


「べつに。それより先輩ってのは?」


 郷土史研に三年生部員はいない。先輩というからには藤枝東ふじえだひがし高校の生徒なんだろうけど、さて、どういう繋がりなのだろう。


「一人は古塚こづか寿乃としのさん。わたしと家が近所で、昔からよくしてもらってたんだ。優しくって、笑顔がかっわいい人だよ!」


 聞いたことがない名前だが、古塚先輩の名前を出したときに平坂の表情がナチュラルに和らいだあたり、素敵な人なんだろう。


「もう一人は松野まつの行次こうじさん」


 今度は聞いたことがある名前だ。


「……本当にあの松野さん?」


「うん。我らが東高サッカー部元エースの松野先輩」


 サッカーがさかんな地域に生まれながら、サッカーとは無縁な人生を歩んできたぼくだが、『点取り屋』と呼ばれ、東京オリンピック日本代表に選ばれた彼のことは知っていた。


「でも、その二人と一緒に蓮花寺公園に行くのはどういう理由なの?」


「寿乃さんは松野先輩のことが好きなんだ。で、松野先輩も、まぁ寿乃さんのことを憎からず思っているわけなんだけど、何しろ不器用でねえ。もどかしくってしょうがないってことで、こうね、こう!」


 両手で田舎チョキの形を作って、人差し指同士をくっつける謎のジェスチャーを繰り返す平坂。めちゃくちゃわかりにくい。


「橋渡し役?」


「そうそれ! さっすが、わかってくれるねっ」


 それから平坂はちょっと蠱惑的に首を傾げてこう言ったのだ。


「ま、稲見いなみがその方が良いって言うんなら、先輩たちとWデートってことでも良いんだけど」

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