第15話 再会

 一つの山を越えても、また新たな山が見えてくる。人生とはそんなものだとこれまで生きてきて学んだ。けれどこんなに早く次の山が見えてくると、あまりに理不尽だと思えてくる。

 講義室の机に、脱力して身体を預ける。

 あれから一晩中頭を捻ったが、どうやっても風岡さんと連絡を取る手段が思いつかなかった。

『なんで連絡先を交換しなかったんだ』

 結城の言葉が脳内で繰り返される。今更悔やんだところでどうしようもないことだけに、より一層後悔の念が湧き上がってくる。つくづく学ばない男だと自分でも思う。

 隣に誰かが座る気配がした。見るまでもなくそれが結城だとわかる。

「ちゃんと話はできたみたいだな」

「まあ、おかげさまで」

 醸し出す雰囲気がそうだったのか、結城は何も言わずとも俺が花園とのことを解決したと見抜いた。相変わらず、そうした方面では驚くほどの鋭さを見せる。

「それで?」

「それで、とは」

「ほら、もうひとりのほう、お前の本命の子だよ」

「ああ……」

 そして的確に痛いところを突いてくる。

「なにからしらの連絡手段は手に入れたのか」

「いや……お手上げ状態だ。メアドも電話番号も住所も年齢も知らない。知ってるのは名前と顔だけ。どうすればいいのか皆目見当がつかない」

 再び机の上に突っ伏す。

 結城にも言ったとおりもう俺にできることは無いように思える。昨夜、少しストーカーじみててどうかとも思ったが、各種SNSで風岡さんの名前を検索欄に打ち込んで捜してみた。文字での意思疎通が主な手段になる彼女は絶対に何かしらのSNSを利用しているはずだと。しかし、結果は空振り。実名ではなくハンドルネームで登録しているのだろう。こうなるともう、手当たり次第に付近の映画館に、いろいろと時間を変えて行ってみて総当たりで捜すしかなくなってくる。しかし、そうするには時間も金も必要で限界がある。

 そこまで考えが至ると、自然と大きな溜め息が漏れる。

 それを見かねて、かはわからないが結城が言った。

「……しょうがねえ、ここは俺は一肌脱いでやるか」

 体勢は変えず、目だけで結城を見る。自慢げに力拳のポーズをとっていた。

「気持ちはありがたいが、今回はどうしようもないだろう。当事者の俺が何もわからないんだから」

「そうとも限らないだろ」

 何を言いたいのかよくわからない。が、俺一人で考えても埒が明かない。何か考えがあるなら聞くだけ聞いてみよう。

「それでどうするんだ?」

「そうさな、まずは一度お前たちが出会ったという映画館を見ないことにははじまらない」

「それは関係あるのか」

「ある。ほぼ何もわからない状態から足取りを捜そうとしてるんだ。まずは現地で情報を集める必要があるだろ」

 ……嫌な予感がした。口にして確認する。

「まさかとは思うが、映画館にいる人達に話を聞こうとか考えてないだろうな」

「なんだわかってるじゃないか」

 予感的中。結城は手当たり次第映画館にいる人に話しかけて風岡さんに関する情報を集めようとしていた。

「それはダメだ!」

「なんでだよ。ちょっと話をするだけだ。別に悪事を働くわけじゃないだろ。それとも、他にいい方法があるのか? 彼女のことを諦めるのか?」

「それはそうだけど……」

 そう言われると強く反論できなかった。それを好機と見たか、結城は言い加える。

「なんなら俺が訊いて回るからお前はソファに座って待ってればいい」

 俺は結城を見る。結城は笑った。

 ここまで言ってくれたのだ。それなのに、自分では何もせずにいられるだろうか。いや、できない。

「――いや、俺が自分でやるよ。自分のことは自分でやらないとな」

「そうか、わかった」

 結城が鷹揚に頷く。

「――ただ、やっぱり一人じゃ心細い。だから陰から見守っててくれ」

 そう言うと結城は笑った。それから俺も笑った。

 ひとしきり笑い合ったあと結城が言った。

「それで時間とかはどうする? なるべく多くの人から情報を集めた方がいいから、土日の昼間とかの方がいいんじゃないか」

「今週の日曜の二時あたりはどうだ。その時間帯なら人はいっぱいいるはずだ」

 以前友人とその時間に行って、平日夜との人の数の差に驚いた。あれだけの人がいれば当たりを引ける可能性も高まるだろう。

「じゃあその時間にするか」

 結城がそう言うと、講義室に先生が入ってきた。それから授業が開始された。


 土曜が過ぎ、日曜。

 金曜に決めた時間に、いつもの映画館へ向かった。

 ロビーへ行くと、いつもとは比にならない人数でごった返していた。いつもは数人しか見えない劇場スタッフも、この時間はフル稼働で忙しそうにしていた。

 ざっとあたりを見渡すが結城の姿は見えない。もしかしたら人の波に隠れて見えないだけかもしれない。

『今着いた。フライヤー置き場のあたりにいる』

 メールで居場所を伝える。

 この時間の客層はレイトショーとは大きく異なる。レイトショーは年齢制限があり、中高生はおらず年齢層も高めになるが、この時間帯は家族連れや中高生の姿が多かった。これから彼らに声を掛けていかないと思うと心が萎える。けれど、そんなことを言ってはいられない。自分でやると決めたのだ。

 手に持っていた携帯が振動する。結城から返事が届いたのだろう。開いて確認する。

『了解。そろそろ着く頃だと思うんだ』

 ……なんだろう。なんだか結城のメールの文面に違和感を抱いた。自分のことなのになんだか他人事のような感じがしてならない。

『いまどこにいるんだ』そう打ち込もうとして、誰かが俺の横に立つ気配を感じた。結城だろうか。メールではああ言っていたが、本当はもう着いていたのかもしれない。

 顔を上げて気配の正体を確かめる。それを見て、驚きのあまり俺の手から携帯が滑り落ち硬い音が響いた。

「風岡さん……?」

 俺の隣に立っていたのは、見まがうことなく風岡さんその人だった。

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