第51話 俺と王子に起きた異変
侯爵様の部屋の前までやって来た俺は、早速扉をノックする。
「エルファリア侯爵、私です。レオン・ラントにございます」
……中からの反応は無い。
俺の声は覚えているはずだろうが……本当に扉の向こうに居るのが俺なのかどうか、疑っているのだろうか?
「……ラスティーナお嬢様とユーリス殿下の婚姻について、侯爵様にお話があり、こうして
と、言葉の途中でギィ……と内側からドアが開かれた。
そこには、少し見ない間にやつれてしまった侯爵様の顔があった。
「……入りなさい」
覇気の無い声。
すっかり様子の変わってしまった侯爵様に、俺は事の重大さを改めて実感した。
部屋に通されると、侯爵様はふらついた足取りでソファに腰掛けた。
俺もその向かいに座るよう促され、「失礼致します」と断りを入れてから腰を下ろす。
すると侯爵様は、最後に挨拶をした時よりも力の無い目で俺を見た。
「……ラスティーナの件で、話があると言っていたね。我が娘の幼馴染として長年よく尽くしてくれた、他でもない君からの話だ。こんな無力な私で良ければ……聞かせてくれ」
「そんな、侯爵様が無力だなんて……!」
けれども侯爵様は、俺の否定の言葉に首を横に振る。
その姿は、もはや全てを諦め、受け入れてしまった──絶望という言葉を当てはめるのが、最も正しい状態だった。
力無い声で、侯爵様は言う。
「私は……娘とこの家の為に、これが最善の道だと思っていた。だが……私はもう、彼に逆らうことも……娘の笑顔を見ることも、出来ないのだよ……」
「彼って、まさか……!」
「……ユーリス殿下だよ」
それから侯爵様は、ぽつりぽつりと語り出した。
俺が屋敷を離れ、ラスティーナが俺を追って王都を飛び出した後のこと。
そして微笑みの貴公子ことユーリス王子が、何故侯爵様をここまで
*
小さく揺れる馬車の中。
「レオン。……これで本当に、後悔はしないんだね?」
侯爵様からの問いかけに、俺は執事服の襟を正して頷いた。
「当然です。ある程度の調べは、もうついていますからね」
今日はいよいよ、ラスティーナとユーリス殿下の結婚式が城で執り行われる。
俺は式に出席する侯爵様の付き人として、一日限定という条件で再雇用してもらうことが出来た。
その理由は、俺のような庶民では城内に入らないから……というのもあるのだが。
もう一つの大きな理由が、俺と侯爵様の目的が『ラスティーナの奪還』であるからだった。
昨日、俺は侯爵様から今回の結婚に至るまでの経緯を聞いた。
侯爵様は以前から王家との交流も多く、毎年の記念式典や、王族の祝いの席には毎回出席している。そこでユーリス王子との面識も既にあったそうなのだが……。
ほんの数日前、突然ユーリス王子を乗せた竜車がエルファリア邸にやって来た。
その時には何と、騎士のルーシェと共に姿を消していたはずのラスティーナも連れていたのだという。
最初は侯爵様も娘を連れ戻してくれたのだと思っていたらしいのだが、どうやら二人の様子がおかしかったらしい。
ユーリス王子は絶えず笑顔だったそうだが、最後に彼を見た生誕パーティーの時とは異なり、異様な魔力を感じたそうなのだ。
流石は由緒ある魔法使いの家系、その当主。侯爵様はその魔力の異質さをすぐさま見抜き、どうやらそれが強い洗脳系の魔法に酷似した魔力反応だと分析した。
どうやらラスティーナも、薄々それを感じていたのだろう。ユーリス王子の隣に並ぶ彼女の顔には笑顔は無く、終始青白い顔をしたままだったらしい。
けれどもその異常さは、高水準の魔力感知技術を持たない者には分からないような、ごくわずかな変化に過ぎない。
元から評判も良く、パッと見ただけではその変貌ぶりを知ることすらも出来ない、全国民が理想とする完璧な王子。
密かに警戒する侯爵様を気にもとめず、ユーリス王子はこんなことを言ってきたという。
『どこかに次期王位継承者としての呼び声も高い王子との縁談を先延ばしにした挙句、王家との今後の関係性も気にせず、男を追って家を飛び出したお嬢様がいらっしゃるそうですが……。由緒正しき王家の右腕、エルファリア家のご令嬢たるラスティーナさんは、そのようなことをなさるようなお方では決してありませんよね?』
と、至極爽やかな微笑と共に、平然とそう言ってのけたらしい。
男を追って……というのは、間違い無く俺のことだろう。王子はそこまで調査を行い、ラスティーナを探し出したのだ。
それだけでなく、ユーリス王子は更に言葉を畳み掛ける。
『ですので、その誠意を僕に示して頂こうかと思いました、こうして彼女と共にご挨拶に伺った次第なのです』
──ラスティーナさんとの、結婚のご挨拶に。
お前の娘が、自分以外の男を慕っているのは知っている。
だが、それを水に流してやる。
けれどもその代償に、お前の娘を貰い受ける。
でなければ、自分がいずれ新たな王となった暁に、エルファリア侯爵家がどうなるか。
……暗にそんな脅迫してまで、ユーリス王子はラスティーナを手に入れようとしているのだ。
それも以前の彼であれば決して取らなかったような、非人道的な手段で。
どうして結婚式がこんなに早まったのかは分からない。
だがユーリス王子には、ラスティーナとの結婚を急がなければならない理由があるのだろう。
侯爵様は、下手な抵抗を見せれば家を取り潰され……無いとは思いたいが、ラスティーナの身に危険が及ぶ可能性すらもある。
そんな八方塞がりの状況で、侯爵様はずっと部屋に閉じこもるようになり、食事も喉を通らない日々を過ごしていたのだ。
そこで俺は、ある一つの可能性に行き当たった。
以前とは異なる魔力を帯びた、ユーリス王子の異変。
一種の洗脳状態に等しい、異様なまでのラスティーナへの執着心。
そして──
「……やっぱり、か」
侯爵様と馬車でフィエルタ城へと移動する最中、俺はある精霊を王子の元へ向かわせていた。
その精霊とは、元々先生が契約していた闇の大精霊。後に俺とも契約を交わしたその精霊であれば、城の結界をも潜り抜けてユーリス王子に接近することも可能だと考えたのだ。
大精霊ともなれば、人間程度が作り出した結界を突破するのも容易なこと。それも影と闇のエキスパートともなれば、結界の穴をするりと抜けて、簡単に行き来することだって朝飯前。
その作戦は見事に成功。俺は精霊との魔力の繋がりを通じて、念話で報告を受けた。
「侯爵様の読み通り、殿下は一種の洗脳状態にあることが分かりました」
「……そうか。その洗脳魔法の出処は掴めたのか?」
「ええ……」
俺達を乗せた馬車は城門を抜け、フィエルタ城へと到着した。
「殿下は今、強力な魔族の手によって半
魔族による国家転覆が目的なのか……ユーリス王子は、その何者かによって利用されているらしい。
どうやら俺はラスティーナだけでなく、恋敵の王子を救うことすらも成し遂げなくてはならないようだ。
結婚式にふさわしい、晴れやかな青空の下。
侯爵様と馬車を降りた俺は、目の前にそびえ立つ白亜の城を睨む。
相手が魔族となれば、きっと一筋縄ではいかないだろう。
だが……それを果たせなければ、ラスティーナはきっと不幸になる。
俺は覚悟を決めて、固く拳を握り締めた。
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