第50話 俺とお医者さんの再会
ラスティーナと、ユーリス王子の結婚。
俺が屋敷を出てからそれほど時間も経たずに発表された、文字通り王都を震撼させるニュースだ。
少なくとも俺は、エルファリア家に居る間にそんな縁談があったなんて話は聞いていない。それなら、俺が従者を辞めてから……?
……それにしたって、縁談から結婚発表までの期間が短すぎる。
そもそも、婚約発表ではなく結婚発表というのもおかしな話じゃないか?
エルファリア家は王家との関わりも古くからあり、確かな血筋を引くのは間違い無い。そんな家柄に生まれた令嬢が、王家で最も信頼を集める第二王子と結ばれる……というのも、おかしな話ではない。
……そのはず、なんだが。
「……でもいきなり、こんなことってあり得るのか?」
掲示板の前でぼそりと呟いた俺の言葉は、大勢の民衆が集う広場の喧騒に掻き消される。
俺の記憶が確かなら、ラスティーナとユーリス様はそこまで親しい間柄でもなかったはず。互いの顔と名前は知っている、という程度の関係だった。
それがいきなり、婚約をすっ飛ばして結婚発表。
おまけにこの状況での結婚となれば、お妃様を亡くした第一王子のレイヴン様の立場が更に弱くなるだろう。
子供もおらず、人望も無い第一王子レイヴン。
民から絶大な人気を誇る微笑みの貴公子、第二王子ユーリス。
ここでユーリス様が、ラスティーナとの間に子供を残せば……と、あまりしたくない想像を巡らせてしまう。
「そういえば……侯爵様はどうして急に縁談を受け入れたんだ?」
嫌な想像を振り払うように、俺は長年お世話になったエルファリア侯爵の顔を思い浮かべた。
ラスティーナの元には、俺が侯爵家に引き取られてすぐの頃から、何度も縁談の話が来ていた。
その度に侯爵様は何かと理由をつけて断っていたのだが、突然のユーリス様との縁談だけは歓迎している。相手が古くから縁のある王家だから、というのもあるかもしれないが……妙な胸騒ぎがしてならないのだ。
それに──
ラスティーナは、この結婚を望んでいるのか。
せめてそれを知ってからでも、王都を去るのは遅くないだろう。
そんな言い訳じみた動機で、俺は早速ある場所を目指して歩き始めた。
行き先は、しっかりと胸に焼き付けた大きな屋敷──エルファリア侯爵家の屋敷である。
*
「レオ、坊……?」
「お、お久し振り……です。ゴードンさん」
屋敷へ向かう途中、見慣れた人物と
血を吐いてぶっ倒れた俺に、『屋敷を出ろ』とアドバイスしてくれた、侯爵家の専属医。侯爵様と肩を並べるダンディーな男、ゴードンさんだ。
もうすぐで屋敷が見えてくるという道の途中で、何故だか曇った表情のゴードンさんを見かけた俺。そのまま通り過ぎるのも失礼だよなと思い、俯きがちだった顔を上げて声をかけたのだった。
ゴードンさんはまるで死人でも見たような表情で、俺に言う。
「お、お前さん……どうしてこんな所に……!」
「俺は、ええと……友人の付き添いで、王都まで案内することになりまして。それよりゴードンさん、ラスティーナの件なんですが……」
「あ、ああ……お前さんの耳にも入ってたか。例の、殿下との……」
このまま立ち話で済ませても良いような話題ではないだろうということで、俺達は一旦エルファリア邸へと向かうことになった。
懐かしいような、そうでもないような表門をくぐっていく。そこで俺を見て驚く庭師のルーピン爺さんや、見張りで立っていた護衛騎士の皆さんとも軽く挨拶をしつつ、ゴードンさんの医務室へと向かっていった。
屋敷で働くメイドの皆とも顔を合わせたが、ゴードンさんも含めてどうにも様子がおかしかった。
俺が急に戻って来たことに対してではなく……多分、ラスティーナの件で何かがあったのだろう。皆口には出していないが、彼らにとってもラスティーナと王子の結婚発表は突然の出来事だったように思うのだ。
「まあ、ひとまず適当に座っとくれ」
「はい。失礼します」
医務室に到着すると、俺は主に患者の診察用に使われる椅子に座るよう促された。ゴードンさんもいつものデスクの前に座り、これから問診でも受けるような状況だ。
「……お前さん、身体の方はどうなんだ? 俺の言った通り、王都からは出て行ったようだが……」
「以前のように薬が無ければ眠れないような状態ではなくなりましたが、胃の方はまだ治りきっていないかと思います」
「毎食後、薬はきちんと服用してるな?」
「ええ。ゴードンさんに頂いた薬を飲み切ってからは、北の里の先生から送って頂いた薬を飲むようにしています。一応、屋敷に居た頃よりは随分良くなりました」
「そうか、それなら良かった」
……まさか、本当に問診を受けることになるとは。
いやまあ、ゴードンさんは俺が血だらけになったのも知っているし、どれだけ俺の胃がヤバい状態だったのかも熟知しているはずだ。心配されるのも無理はないよな。
すると、ひとまず俺の体調を知って安心したらしい彼が、いよいよ本題を切り出してきた。
「それで……ラスティーナ様の、件なんだがな……」
「第二王子のユーリス様との結婚式が、明日開かれる……と、聞きました。お嬢様は今、こちらにいらっしゃるのですか?」
言い淀むゴードンさん。
俺は単刀直入に、彼女が今どこでどうしているのかを質問する。
いつもは冷静に判断を下す彼が、ここまで様子がおかしいのは珍しすぎる。やはり、彼女の身に何かあったと考えるべきだろう。
「……ラスティーナ様は今、屋敷には居ない」
「それでは、もしや既に城の方に……?」
「ああ。……お前さんには、どこから話すべきかねぇ」
「長くなっても構いません。俺がここを出てから、彼女に何があったのですか?」
俺は正面からゴードンさんの目を見て、彼を問いただした。
すると彼は、俺が屋敷を出た翌日──護衛騎士のルーシェという女性と共に、ラスティーナが屋敷を飛び出したことから語り始めた。
どうやらラスティーナは、俺が従者を辞めたのを納得していなかったらしい。
彼女はメイドや騎士達の目を掻い潜り、なんと侯爵様の愛馬であるアンビシオンに乗って、俺を連れ戻しに向かってしまったそうなのだ。
しかし……。
「実はその直前、ラスティーナ様は旦那様に呼び出されていてな」
「侯爵様に……?」
「今になって思えば、あれはもしかしたらユーリス王子との縁談を受けろって話だったんじゃないか……とな。ラスティーナ様だけの肩を持つわけじゃないが、当時の彼女はレオ坊という幼馴染と喧嘩別れして、精神的に不安定になっていたところにそんな話が舞い込んだとしたら──」
俺と離ればなれになり、そのうえ対して知りもしない男との政略結婚。
ラスティーナからしてみれば、まさに泣きっ面に蜂だったはずだ。
……仮に俺が彼女と同じ立場だったとしたら、俺も黙っていられなかっただろう。
相手に好意を伝えていないとはいえ、俺は子供の頃から……ラスティーナと出会ったあの日から、俺は彼女に惹かれて恋に落ちていた。
いつも無茶なことばかり頼んできた、お転婆なお嬢様。俺は彼女が望むことなら何でも応えてやりたいと思ったから、その全てを受け入れて乗り越えてきたつもりだ。
……出来ることなら、ずっと彼女の側に居たかったさ。
例えラスティーナの夫となることは出来なくても、彼女の一番近くで支えていける存在であれればと、そう思っていた。
だけど……ラスティーナは、俺に何も応えてくれなかった。
彼女の隣に似合う男になろうと、見た目や振る舞いにだって人一倍気を配ってきた。
ラスティーナは由緒正しい家柄のお嬢様だ。彼女の周りには眉目秀麗な貴族や商家のご子息やご息女が大勢居て、そんな中に混ざっても負けないような男であろうと努力した。
実際、彼女の付き添いで行った先のお茶会や食事会で、独身のお嬢様からアプローチをかけられたことも何度かあったんだ。
それでも俺の目に映る可憐な花は、この世にラスティーナただ一人。
ラスティーナの目を盗んで恋文をしたためてきたお嬢様からの誘いをその場で断り、後日お詫びの品と手紙を送ったりもした。
そこでふと、先程のゴードンさんの話が脳裏をよぎった。
ラスティーナは王子との縁談を聞いてから、俺を追って屋敷を飛び出したという。
もしかしたら彼女は、俺以外の男と一緒になるつもりが無いからそんな行動に出たのではないか……?
……あまりにも俺に都合の良すぎる推測だ。
だが、彼女と一番多くの時を過ごした家族以外の異性は、俺以外に存在しない。
もしラスティーナも俺と同じように、俺のことを想っていてくれていたのなら──
──彼女は今頃、俺の助けを待っているんじゃないのか?
そう思い至った俺は、ゴードンさんにこう尋ねた。
「今、侯爵様はどちらに?」
「あ、ああ。旦那様なら、数日前から部屋にこもりきっていらっしゃるが……」
「分かりました。では早速、侯爵様に掛け合ってきます」
「レオ坊……お前さん、いったい何をしでかすつもりだ?」
椅子から立ち上がった俺を見上げるゴードンさんに、俺は一切の迷い無く言い放つ。
「侯爵様には明日限定で、俺を再雇用して頂こうかと思いまして」
それだけ言い残して、俺は医務室を出て侯爵様の私室を目指すのだった。
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