第49話 俺と二人と王都ランチ
俺がまだ従者をしていた頃、ラスティーナに見付からないように隠れて通っていた料理店。
そこは手頃な値段で食事が出来る、日替わりメニューを楽しめる隠れ家的な店だった。
何年も通っていたらそこの店主さんと仲良くなって、たまに新メニューの味見なんかをさせてもらったこともある。
俺が北の里から帰って来てからは外食するような気分でもなかったこともあり、こうしてこの店にやって来るのはかなり久々だった。
路地裏を何度か曲がっていき、赤い花の鉢植えが置かれた横の扉を開ける。そこが俺のお気に入りの店、『黒猫亭』への入り口である。
扉を開けると、上部に取り付けてあるドアベルが軽やかな音を奏でた。
と同時に、来客に気付いた店主がカウンターからこちらに顔を向け、
「いらっしゃ……おお、レオンじゃないか! 元気にしてたか?」
懐かしい笑顔で出迎えてくれた。
「ええ、ここ最近はかなり調子が良くなってきましたよ。ご主人こそ、お元気そうで何よりです」
四十代後半ぐらいの店主さんは、すぐに今日のメニューを説明してくれた。
この店は庶民向けということもあり、毎日足繁く通うような常連も多い店だ。
店主は毎朝市場に出向いて、安くて質の良い食材を見事な手腕で買い集めている。俺達のような客が手頃な値段で美味しい料理を楽しめるのも、彼の日々の努力の賜物なのだ。
今日の日替わりメニューは、季節のサラダとポークステーキ。パンとバターもついている。
店内には俺達以外のお客さんも居て、相変わらず繁盛しているようで何よりだった。
ジュリとセーラも、ここの料理を気に入ってくれたようだ。
「王都は物価が高くて大変だって聞いてたけど、ここのお料理って本当に安くて美味しいんだね! また今度、セーラと一緒に来ちゃうと思う!」
「うむ……! 里での食事とはまた違った味わいだが、こういった料理も素晴らしいものだな。人間の食文化、なかなかに侮れんものがある……!」
「そんなに気に入ってもらえたなら、俺もここを紹介した甲斐があったよ」
二人共あっという間に皿を空にして、とても満足そうにしてくれている。
この後はセーラ達に王都の主な場所を案内するかなぁ……なんて、彼女達の笑顔を見ながら考えていた、その時だ。
俺達の隣のテーブルで食事をしている女性二人組の話し声が、急に大きくなった。
「え〜、それホントなの⁉︎」
「本当なんだって! さっきここに来る前、広場の方で大騒ぎになってたんだから!」
盗み聞きをしたい訳じゃないんだが、盛り上がる女性の声というのは嫌でも耳に入ってきてしまう。
食後の一杯を済ませたら、早めに店を出ようと考えつつ……勝手に聞こえてきてしまう彼女達の声を、仕方なく受け止めていた。
ジュリとセーラにも聞こえる声量だとは思うが、二人も食事についての話題で盛り上がっているので、特に気にしていない様子だ。
「やだ〜……超ショックなんだけど〜!」
「アタシだってめっちゃショックだよ! まさかいきなりユーリス王子と、侯爵家のお嬢様との電撃結婚発表させるなんて思わないじゃない!」
……ん?
「結局そのお嬢様って、どこの誰なの?」
「えっとねー……確か、エルなんとかって家のお嬢様だったかなぁ。結婚発表がショックすぎて、あんまりよく憶えてないんだけどさー」
……エル、なんとか家の……お嬢様?
ええと……俺の知る限り、頭にエルがつく侯爵家って一つしか当てはまらないんですけど……。
まさか……そのまさかなのか?
「……ごめん、二人共」
俺はカップに残った紅茶を一気に飲み干して、椅子から立ち上がる。
ジュリとセーラは、急に様子が変わった俺を見上げて不思議そうな顔をしていた。
「ど、どうしたんだレオン?」
「ちょっと急用を思い出したから、二人は先に宿に戻っていてくれるかな。なるべく早く用を済ませてくるからさ」
「うん……大丈夫だけど……」
「ありがとう。お代はここに置いておくから、ジュリもセーラもゆっくりしていって良いからね」
懐から必要なだけの銅貨を置いて、足早に黒猫亭を後にする。
そこから俺が目指すのは、さっきの女性達の話題に上がっていた広場の方だった。
あそこは王都の中央部にある。近くには高い塀に囲われたフィエルタ城があり、そこでは国や教会からの発表が行われるのが常なのだ。
駆け足で広場へ向かうと、普段以上に多くの人で賑わっていた。
その中でも特に人が集まっているのが、広場の端の方に置かれた掲示板の方だ。
俺は人混みを掻き分けて進んでいく。どうにか前の方まで辿り着いたところで、ようやく掲示板に張り出された内容が目に入った。
「…………嘘、だろ」
そこには、俺の想像通りの……今更どうにも出来ない現実が、書き記されていた。
『アリストス聖王国 第二王位継承者
ユーリス・エル・テル・アリストス殿下
並びに、エルファリア侯爵令嬢
ラスティーナ・フォン・エルファリア
両名の婚姻が決定。
明日、フィエルタ城にて婚姻の儀が執り行われる』
早く俺のことなんて忘れて、誰かと幸せになってほしいと──そう願ったのは、間違いない。
けれど……それでも、これはあまりにも突然すぎる。
俺はその張り紙の意味を理解した瞬間、全身から血の気が引いていくのが分かった。
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