第52話 俺とあいつの再会
こういう時、魔法を使えるのはとても便利だと思う。
何せ、国のあちこちからお偉いさんが集まるような盛大な結婚式であったとしても、攻撃手段を失わずに手荷物検査を通過出来てしまうんだからな。
エルファリア侯爵の付き人として式に参加することになった俺は、難無くフィエルタ城内へ潜入することが出来た。
侯爵様の話によれば、ユーリス王子は俺についてもある程度調べている様子だったが……俺の名前や顔までは知られていなかったのだろうか?
とにもかくにも、式まであまり時間が残されていない。
俺と契約する闇の大精霊の見立てによれば、ユーリス王子は強力な魔族によって憑依状態にある。自分も知らない内に意識を意図的に操作され、本来の彼であればしないような強硬手段に出ているのだ。
しかし、王子に憑依している魔族さえ追い出せれば問題無い。その手段が一筋縄ではいかないことだけが、この『ラスティーナ奪還作戦』の最大の課題だった。
憑依魔族というのは、己の肉体から魂を離脱させ、他者に乗り移る能力を持つことで知られている……らしい。
俺が北の里で修行をしていた頃、先生からちょっと聞いただけの話だから、そこまで詳しいわけでもないんだけどな。
ただ、相手が憑依魔族であれば、比較的簡単な解決策が一つだけあるのだ。
それは……憑依対象が瀕死になること。
今回のケースであれば、ユーリス王子が死にかければ良いということになる。
憑依には、明確なデメリットがある。憑依中にユーリス王子が命を落とせば、その肉体に憑依した魂も共に天へ召されるらしい。
なので俺はユーリス王子に決闘を申し込み、瀕死の状態に追い込むことで、彼の肉体から魔族の魂を追い出す必要があるのだ。
……うん、普通に難しい。王子の結婚式の真っ最中に、そんなことが出来る未来が見えてこない!
操られたユーリス王子を助けるにはこれしか方法が無い。だが常識的に考えて、王子の身の危険を察知した兵士や騎士団が黙っているとは思えないからだ。
どうにかして周囲の目をこちらから逸らすことが出来れば不可能ではないかもしれないが、そんなのいったいどうすれば……。
刻一刻と式の時間が近付く最中、俺と侯爵様は会場となる城の大広間へとやって来ていた。
見渡す限りの人の山。誰もが煌びやかな衣装に身を包み、王子と侯爵令嬢の入場を待ちわびている。
そして──
「会場の警備は厳重……か」
目立たないよう、目だけ動かして周囲を確認する。
大広間の壁際には、剣を携えた騎士達が等間隔では配置されていた。
彼らが居る限り、俺とユーリス王子の一対一の対決は望めない。視界に入るだけでも十数人に及ぶ騎士達を相手にして、王子の元へ辿り着かなくてはならなくなるだろう。
……あまり褒められた手段とは言えないが、ここは俺の契約精霊にひと暴れしてもらって、この場から何割か騎士達を誘い出すしかないかもしれないな。
それなら、火の精霊に頼んで城のどこかでボヤ騒ぎでも──と考え始めた、その時だった。
「ご来場の皆様! 決してこの場から動かないように願い致します!」
王都騎士団の鎧に身を包んだ男が、大広間に飛び込んで大声で叫ぶ。
ざわつく会場内に向けて、騎士は更に声を上げた。
「第一王子レイヴン殿下が率いると見られる勢力が、突如フィエルタ城内の各地にて反乱を開始した模様! 大変危険ですので、我々が敵勢力を鎮圧するまで、この場で待機をお願い致します!」
──ふざけるな! こんな場所に居られるか!
──今日という大事な日に、レイヴン王子が反乱を⁉︎
──ここに反乱軍がなだれ込んで来たら、どうするつもりだ!
──早くここから逃げなくては!
悲鳴と怒号が飛び交い、ついさっきまで和やかだった空気が一変する。
「落ち着いて! 皆様、どうか落ち着いて下さい!」
必死に参列客をなだめようとする騎士団。
けれどもその声は、完全にパニックに陥った貴族達の耳には届いていなかった。
我先にと大広間から逃げ出そうとする、人の波。
相手が貴族や大商人ともなれば、騎士団も下手には動けない。
押し寄せる人波は、騎士団の肉の壁を突破し、大広間から蜘蛛の子を散らすように飛び出していった。
レイヴン王子といえば、ユーリス王子とは対照的に悪評ばかりが目立つ人物だ。そんな彼が、弟の結婚式をぶち壊すように反乱を開始した。
まるでレイヴン王子が俺に助け舟を出したかのような、絶好のタイミング。
……これは果たして、偶然なのだろうか?
「……今ならは、絶好の機会なのではないかね?」
「侯爵様……!」
ほとんど人気の無くなった大広間で、俺の隣に立つ侯爵様がそう告げた。
まだ少し顔色は悪いものの、俺の背中を押すその表情には生気が戻り始めている。
……今を逃せば、ラスティーナを無事に助け出せる確率が低くなる。
俺は侯爵様に頭を下げて、
「……どうかご無事で!」
「私を誰だと思っている。エルファリア家当主の魔法の腕、甘く見られては困るな」
そんな俺を、侯爵様は懐かしい笑顔で送り出してくれた。
大広間を抜けると、城内のあちこちから爆発音が聞こえてきた。
レイヴン王子の目的は分からないが、この混乱を利用しない手は無いだろう。
俺は風の小精霊──小鳥の姿をしたヒュウを喚び出すと、ラスティーナの居場所を辿るように頼んだ。
ヒュウは屋敷に居た頃に何度かラスティーナに会ったことがあるので、彼女の魔力を辿ることが出来るはず。
その予想は的中し、ヒュウは「チュン!」と元気に一声鳴くと、俺を先導して目的地へと飛んでいく。
ヒュウの後を追いかけて走っていく途中、城内をさまよう貴族達や、それをどうにか押し留めようとする騎士団の姿が視界に入る。
多分騎士団としては、下手に貴族達を城から出して、反乱軍に人質に取られないようにと必死なのだと思う。
けれども俺の立場としては、今はそれどころではない。騎士団の人達には悪いが、俺は彼らの目を盗んで城の階段を上がっていった。
そうして何度か廊下を曲がっていくと、ヒュウがある部屋の前で「チュチュン!」と鳴いた。
「ここにラスティーナが居るんだな……!」
「チュンッ!」
その返事を合図に、俺は躊躇なく扉に手をかけた。
ドアノブを回すと、予想に反して鍵はかけられていなかった。
「だ、誰っ……⁉︎」
聞き覚えのある、女の子の
そこで俺が目にしたのは、純白のウェディングドレスを身に纏った天使のような──
──もう二度と会うことはないと思っていたはずの、愛しくも憎たらしい幼馴染の晴れ姿だった。
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